2009年11月20日

シェルブール


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 まなじりに濃き歳月は波立ちてカトリーヌ・ドヌーヴ湖(うみ)の
ごとく老ゆ                 島田 修三


 年齢を重ねた女性の美しさをこんなふうに詠った歌はあまりない。彫りの深い顔立ちは皺が刻まれやすいのだが、それは生きてきた軌跡を示すものであり、忌避するものではないと思う。日本では「カラスの足跡」といった言われ方もするが、眼尻の皺を「波立ち」に喩えて湖面のさざ波を連想させ、人間的な深みを増した女優を「湖のごとく」と表現した巧さに感じ入る。翳りを帯びた底知れぬ湖であろうか。
 1950年生まれの作者にとってカトリーヌ・ドヌーヴは、ちょっとお姉さんというくらいの年齢だ。作者は少年時代からスクリーン上の彼女に胸をときめかせていたのかな、と想像した。
 ドヌーヴは10代のころから映画に出演していたが、21歳で主演したミュージカル映画「シェルブールの雨傘」のヒットで一躍有名になった。映画は観たことがなくても、あの甘く、もの悲しいテーマ曲を一度くらいは聞いたことがあるという人が多いのではないだろうか。そして、その美しいメロディーと、「シェルブール」というやわらかな響きの地名を重ねて記憶している人も少なくないだろう。
 実は、私はカトリーヌ・ドヌーヴの映画はほとんど観ていない。しかし、「シェルブール」のやさしく抒情的なイメージは、若きドヌーヴの美貌とぴったり結びついている。だから、旧科学技術庁を取材していたとき、原子力関係の記者レクで思いがけなく「シェルブール」と出合ったときは驚いた。フランスの再処理工場では、国内だけでなく日本やドイツなどの原発で使われた使用済み核燃料を扱っており、そこで処理された高レベルの放射性廃棄物が運び出される港こそノルマンディーの軍港、シェルブールだったのである。
 フランスの工場では、使用済み核燃料の再処理だけでなく、プルサーマル発電に使われるMOX燃料への加工も行われている。ウラン燃料を再利用するプルサーマル発電についてはさまざまな議論があり、今春、MOX燃料を積んだ輸送船がシェルブールから日本に向けて出港する際には、環境保護団体の抗議行動もあった。今月、国内でもいよいよプルサーマル発電が始まろうとしている。ドヌーヴの憂愁を帯びた「まなじり」に、何となく核燃料サイクルを巡る憂鬱を重ねてしまうのであった。

☆島田修三歌集『東洋の秋』(2007年12月、ながらみ書房)

★お知らせ
 「わたしたちの先輩 与謝野晶子」と題して12月2日(水)に東京都新宿区で講演します。
 お近くにお住まいでご興味のある方は、どうぞいらしてください。

http://shinkaren.ho-zuki.com/40thshinkarenchirashi.pdf
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2009年11月13日

昭和の空

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 末期の眼あらば見たきよアドバルーンいくつも浮かぶ昭和の空を
                     藤原龍一郎


 この歌を読んで、斉藤茂吉と古賀メロディーを思い出した。いったい何の関係があるのか、と不思議に思う人も多いだろうが、多分この歌の作者は、昭和11(1936)年に発売され、翌年映画の挿入歌として使われてヒットした「ああそれなのに」(古賀政男作曲、星野貞志=サトウハチロー=作詞)を念頭に置いて作ったのだと思う。この歌の冒頭が「空にゃ今日もアドバルーン」なのである。
 全体的にのどかな、しかしちょっぴり物悲しいメロディーである。さびというか終わり近くの「ああそれなのにそれなのにねえ」というリフレインが小唄のようで、つい口ずさみたくなる魅力がある。

 鼠の巣片づけながらいふこゑは「ああそれなのにそれなのにねえ」
                        斎藤 茂吉


 茂吉の愛すべき一首にこんな歌がある。歌がはやった当時、茂吉は50代に入ったばかりであり、20代の永井ふさ子と恋愛関係にあった。昭和12年3月に、ふさ子宛に書かれた手紙には「あゝそれなのにそれなのにネエです」と、会いたい思いを募らせる心情がしたためられている。近代の大歌人、茂吉が流行歌に自分の気持ちを託したのかと思うと、この歌の味わいもまた深まってゆく。
 私は「鼠の巣」の歌に漂う何ともいえない可笑しみと生活の匂いが以前から好きだったが、「ああそれなのに」の歌についてはほとんど知らなかった。先日調べものをしていて、この歌の歌詞全部とメロディー、また英訳された複数の歌詞を知るに至った。"Today in the sky ad-balloon"で始まる和製英訳がこれまたおかしくて、昭和初期の雰囲気を改めて興味深く思うのだった。
 「アドバルーンいくつも浮かぶ昭和の空」は、のどかな雰囲気に思えるが、実際には曲の発売されたのは二・二六事件の起こった年であり、翌年には盧溝橋事件を契機に日中戦争へと突入する。のんきにぷかぷかと浮かぶアドバルーンの背後には、暗い時代が迫りくる不穏な雰囲気が漂っていたのだ。この歌の作者は、今という時代と「昭和の空」を重ねて見ているように思える。平和そうに見えて平和ではない時代。歴史はいつも、後になってみないと分からないのだが、作者はそれを先取りして何か警告したいような気分なのではないかと思って読んだ。

☆藤原龍一郎歌集『ジャダ』(2009年10月、短歌研究社)
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2009年11月06日

長時間保育

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 保育園は寂しかったかあの頃は粘土遊びをせぬ日のなくて
                      松村由利子


 私の子どもは、保育園に通っていた頃、粘土で遊ぶのがひどく好きだった。小さな指でトリケラトプスなどの恐竜を精妙に作り、おとなたちを驚かせた。遊びに熱中するあまり、園児たち全員が日課の散歩に出かけるときも、自分はここで遊んでいると言い張り、一人の先生が彼のためだけに居残ったこともあったそうだ。
 あの熱中を思うと、今もすまない気持ちでいっぱいになる。粘土遊びが好きだったことは間違いないが、幼児らしからぬ執着に、彼の抱く深い寂しさが投影されていたような気がしてならない。この歌は「寂しかったか」なんて当たり前すぎることを訊ねていて全くなっていないのだが、私の精一杯の謝罪のことばである。
 今週発売の「週刊朝日」(11月13日号)で、小倉千加子さんが連載コラム「お代は見てのお帰りに」に私の歌を引用してくださった。「保育所の13時間保育は本当に必要か」と題された文章で、長時間保育は「企業に配慮した、雇用のための児童福祉政策」であり、こどもたちは疲労困憊している、と鋭く批判した内容だ。「子どもの権利条約」には、子どもたちが「家庭という『私的空間』でくつろいで過ごす必要性と権利」がちゃんと保障されているのだ、と小倉さんは指摘する。
 このコラムの最後に、「愛それは閉まる間際の保育所へ腕を広げて駆け出すこころ」が置かれていて、私は嬉しいような泣きたいような気持ちになった。小倉さんが書いた「お友だちに次々に親のお迎えが来て自分が最後の一人になると、どんなこどもも強がって寂しくないふりをする」という、小さな意地っぱりさんこそ、私の息子だった。
 長時間保育は、親の長時間労働を意味する。保育行政の充実は大切なことだが、雇用を巡るさまざまな制度の充実や働き方の改善が行われなければ、労働強化につながってしまう。また、それだけでなく、小さな人たちに過重な負担を与え、長きにわたってその子と家庭をじわじわと痛めつけることになる。そのことが国の将来に与える影響は決して小さくないと思う。豊かな時間を親と過ごした子どもは、自分を大切にする心、人への信頼感を持って人生に向かい合える。それは決して目に見えるものではないけれど、生きてゆくうえで最も基本的で大切な装備ではないかと、胸が詰まるように感じつつ考える。

☆『鳥女』(2005年11月、本阿弥書店)
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2009年10月30日

基地

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  わしんとんに他国の基地を設けみよ音速超える爆音聞いてみよ
                   田村 広志


 米軍普天間基地の移設問題を巡り、さまざまな動きが報道されている。県外移設が検討されてきたが、かなり難しいようだ。
 沖縄の人たちの表情が伝えられるたびに胸が痛む。「なんでいつも沖縄なんですか」。街頭でコメントを求められ、絞り出すように言葉を放った女性の表情は痛々しかった。その言葉に込められた思いは、戦後ずっと沖縄の人たちが抱いてきたものだろう。基地問題だけではない。第二次世界大戦のころの差別や軍から受けた仕打ちの数々は、今も消えることのない深い傷となっているのだ。
 沖縄本島を車で移動したとき、走っても走っても基地のフェンスが続くことに圧倒された。やりきれない気持ちになった。けれども、それくらいでは、目の前に基地があり、日々騒音の中に暮らしている人たちの悲嘆には到底とどかないと思う。
 この歌の作者は、1941年生まれ。出征した父親は、沖縄で戦死したという。

  戦場からのハガキ一枚写真二葉父につながる記憶のすべて
  四人の子遺され戦争未亡人。こぼれ繭なり母のひと世は


 千葉県生まれの作者であるが、父の亡くなった地である沖縄へは特別な思いを抱いており、何度となく足を運んでいる。
 ひらがなで書かれた「わしんとん」は悲しい。米国の首都「ワシントン」とすれば、不穏な、またストレート過ぎるメッセージになるが、やわらかな「わしんとん」は、何か架空の都市のような感じもあり、そこに他国の基地を設けることも爆音を聞かせることも絶対にあり得ない遠さが漂う。 
 新聞社を辞める前の年、「戦後60年」という年間企画に関わった。そのとき、「ああ、自分は戦争が終わって、たった15年しか経っていない頃に生まれたんだ」と初めて感慨深く思った。母が幼いとき「金鵄輝くにっぽんの〜」と歌いながらまりつきをしていたこと、祖母が大切な指輪などを惜しげもなく供出してしまったこと……戦争についていろいろ聞かされていたのに、自分は戦争とは遠く隔たった世代だと思い込んでいた。
 私たちの想像力は本当に貧しい。なかなか遠くへ働かせることができない。だからこそ、歴史を学び、ニュースを深く分析しなければいけないのだと思う。

☆田村広志歌集『島山』(2004年11月、角川書店)
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2009年10月23日

新聞

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  報道がテレビに移る過渡期なる四半世紀を新聞にあり
                      島田 修二

 なるほど…と深々とうなずいてしまう。作者は新聞記者だった人である。1953年に読売新聞社に入り、浦和支局、東京本社の整理部、文化部などを経験した。26年間務めた後、50歳で退社した。
 私が新聞記者になったのは1984年だから、ほんの少し島田修二の記者時代と重なっていたのだなあと感慨深く思う。そのときは内勤の校閲専門記者だったが、86年から取材記者になった。合わせて22年間の記者生活なので「四半世紀」には少し足りないのだが、気持ちとしては「報道がネットに移る過渡期なる四半世紀を新聞にあり」という感じである。
 島田が現役の記者だった頃、新聞記者は花形の職業だった。私も大先輩たちから、いろいろな武勇伝や、予算が多かったころの贅沢な取材について聞かされたものだ。この歌は、そういう黄金時代を知る作者が、速報性を誇るテレビに対して、新聞が懸命にメディアとしての優位を保とうとする状況で詠んだものであろう。自分の活躍した時期は、思い返せば「過渡期」だったのだ、とやがて訪れる新聞の凋落を見据えている。
 私が新聞社に入ったころ、すでに新聞はテレビに圧倒されていた。しかし、記録性、信頼性の高さはそれほど揺らいでおらず、新聞がなくなるなんていうことは考えもしなかった。ところが、コンピュータ編集が導入され、記者がワープロ、そしてパソコンで原稿を書くようになり、あれよあれよという間にインターネットが新聞社のみならず人々の暮らしに入り込んだ。
 それは本当に恐ろしいほどの速さであり、考えられない事態がいろいろ起きた。若い記者に無邪気な顔で「検索エンジンがなかったころは、一体どうやって取材してたんですかぁ?」と訊ねられたり、初めて会った取材相手から「松村さんはこんな記事を書いてますよね。ネットで読みました」なんて言われたり、といったことは、今は珍しくないのだろうが、5、6年前には仰天したものだ。
 遠からず紙の新聞はなくなるのではないかと思う。しかし、ニュース価値を判断して編集された紙面や一覧性は、ネットの記事には今のところない。「報道がテレビに移る過渡期」から四半世紀。これから「報道」がどうなってゆくのか、新聞社を離れた今も気になって仕方がない。

☆島田修二歌集『渚の日日』(1983年、花神社)
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2009年10月16日

普通

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  テキストの向こうにいつもすけている普通の女という仮想敵
                      小川佳世子

 「仮想敵」とは、また穏やかではない。しかし、気持ちはわかる。
 「普通はもう結婚してもいいトシじゃないの?」「普通だったら、夫と子どもの2人くらいいる頃だよね〜」……ええい! 普通とは一体どこの、誰みたいな女なのだ。
 先日、『国語教科書の中の「日本」』(石原千秋著、ちくま新書)を読んでいて、のけぞってしまった。小学六年生の教科書に、重松清の『カレーライス』という作品が掲載されたというくだりで、著者は「どうやら物語の少年は一人っ子のようだし、働く母親の家庭という設定も画期的とさえ言えるのではないだろうか。これまでの教材は、両親に子供二人という「標準家庭」を前提としたものばかりだったからである」と称賛するのだ。「はぁ?」という感じである。
 母親の留守に「ぼく」が父親といっしょにカレーを作るという、その話について、著者はなおも「小学国語教科書にこういう現代物を採録するのにはそれなりの勇気が要ることだろうことは想像できる。さまざまな家庭があって、その違いに触れてしまうのは小学生にはまだきついという事情もある。その意味で、専業主婦率が五割を切ったいま、共働き家庭の物語で正解だった」と高く評価している。
 この歌の「テキスト」は、たぶんさまざまな文書や作品を指しているのだが、図らずも実際の小学校のテキストの実態を知って驚いてしまった。教科書には「普通のおかあさん」が、「いつもすけている」どころか、恐ろしくはっきりと打ち出されているのだ。『カレーライス』の内容くらいで感心されているようでは、小学校の教科書に単親家庭が登場するのは、まだまだ先のことに思える。
 いろいろな家庭があって、けっして「普通」の家庭、「普通」の子なんていうものはないのだということを知るのは、子どもにとって大事なことだと思うのだけれど。「あなたはあなた。たった一人の存在」ということと、「家族の在り方もいろいろ」というのは、あまり隔たっていないと思う。

☆小川佳世子歌集『水が見ていた』(2007年3月、ながらみ書房)
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2009年10月10日

おしらせ

@10日発売の「中央公論」11月号に特集「古本屋めぐりは楽しい」が載っていますが、その中の「神保町を味わう六つのお薦めルート」のうち、「幼ごころを探して」「詩歌に親しむ」の2つのルートの原稿を書きました。古本のお好きな方に、ちらとでも見ていただけると嬉しいです。
A今月28日、大阪・堺市で「21世紀に出会う与謝野晶子」と題して講演します。
http://www.city.sakai.lg.jp/city/info/_bunka/event.html#21_kouen
 お近くの方で、もしご興味がおありでしたら、どうぞ高島屋堺店へいらしてくださいね。
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2009年10月09日

好きです

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 あなたがわたしを必ず好きでゐてくれた昨日へ書きたい今日の
てがみを                  辰巳 泰子

 ああ、もう読んだ途端にせつなくなってしまった。
 私は割に手紙を書くほうなのだが、さすがに毎日会う人へは書かない。一番近くにいる人の傍らで、お礼状だ何だとせっせとペンを走らせている自分に、ふと違和感を抱くことがある。もっと大事なことを、もっと大事な人に伝えなくてはいけないのではないか?
 付き合いが長くなると、お互い欠点やおばかなところが見えてしまう。焦げ焦げの餃子を作って叱られたときや、つんけんした言葉を投げつけ合ったときなど、無性にかなしくなる。「わたしのこと、もうあんまり好きじゃないんだろうなぁ……」
 この歌は、「必ず」という言葉が、ちょっと幼いような素朴なニュアンスを出していていい。いつ、いかなるときの私であっても「好きでゐてくれた」あなたへの信頼と愛があふれている。そして、あなたを責めているわけではないところに、じんとする。「昨日のあなた」へ手紙を書くのではないのだ。「昨日」という、二度と帰らぬ時点に向けて、手紙をしたためたいのである。二人とももっと互いに見つめ合い、やさしい言葉で話していた昨日へ。
 今ごろ「好きです」なんて言ったらおかしいだろうか。でも、時にはそう伝えてみてもいいんじゃないかと思う。
 この歌の作者は、第一歌集から完成された世界をもっていて、文語表現に長けた人だ。凝縮された芯の太い抒情が魅力であるが、最近の作品にはやわらかな口語表現の何ともいえないゆったりとした感じが加わり、深みが増したように感じる。
 作者もきっと、彼に改めて「好きです」と伝えたいのだ。それが「今日のてがみ」を書きたいということではないかな、と思う。素直な気持ちで「てがみ」のようなひとことを言ってみたくなった。

☆「月鞠」2009年9月 第7号


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2009年10月02日

働く

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  ぼろぼろになるまで人は働くと職を変はりてのちまたおもふ
                      永井 陽子

 働くということは、本当は喜びであるはずなのに、時に身も心も傾けすぎて疲弊してしまう。
 先日読んだ『なぜ女は昇進を拒むのか』(スーザン・ピンカー著、早川書房)が、とても面白かった。男女の脳が違うため思考のプロセスや感情表現が異なるということは知っていたが、この本はその結果それぞれの性がどういう職業選択をし、どんなライフスタイルを求めているかを丁寧に見てゆく。分厚い本であるが、「働く」というテーマを中心に展開されるので、引き込まれて読み進んだ。調査や統計に基づくデータに、著者のインタビューによる個々のケースを交えて考察しており、説得力がある。
 私が最も興味深く思ったのは、男女では仕事に求めるものが違うということだ。「他人との競争に打ち勝ち、実績をあげて高収入を得る」という、男性にとっての「成功=喜び」は、女性にとって必ずしも「成功」を意味しない。高学歴で優秀な女性たちが、収入のそれほど多くない教育分野や非営利団体で働く選択をする割合は、男性に比べて非常に高い。それは、女性が収入よりも仕事の意義を重視し、他人のために役立ちたいと考える傾向が強いからだという。また、共感能力の高い女性は家族への思いが深く、家族は二の次という仕事漬けの日々に喜びを感じられない。高収入を得て周囲に成功者とみなされている専門職の女性が、悩んだ末に長時間労働を強いられない職業、あるいは自分の価値観により合致する職業を選びなおすケースの多いことには驚かされる。
 私の周囲にも、長時間会社に拘束されて体をこわしたり、心を病んでしまったりした人がいる。「ぼろぼろになるまで」なんて働いてはいけない。
 この歌の作者は、職を変わってもやっぱり頑張りすぎてしまう自分を省みたのだろうか。そうも読めるが、私は周囲の人、特に男性を見ていて彼女が抱いた感慨のように思った。作者は「人間はほんにしみじみやさしくてやさしすぎたる者は死にゆく」という歌も作っている。やさしかったこの歌人は「自分も含めて、みんな働きすぎではないかしら」と心を痛めていたように思えてならない。
 男も女も楽しく働ける社会。本当に難しい課題だと思う。

☆永井陽子歌集『小さなヴァイオリンが欲しくて』(2000年10月、砂子屋書房)
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2009年09月25日

浦河奈々さんの歌集

『マトリョーシカ』

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 誰もが何かしら不安や所在なさといったものを抱えつつ、それに気づかぬふりをして日々をやり過ごしている。けれども、この歌集の作者はじっと凝視する。なかなかできないことである。

  白孔雀も月下美人も生きるとは展くことなり吾はくるしゑ
  ああマトリョーシカ開ければ無上なる怖さ 人より出でてまた人
  となる

 美しい羽を広げる白孔雀や見事な花を開く月下美人を眺めていると、「展くこと」を強いられるようだと作者は感じる。心をひらくことは、コンディションによっては本当に苦しくてつらい。じいっと閉じこもること、自分を守るにはそれが一番なのに、ひらかなければならないのだろうか……。
 そんな作者は、ロシアの入れ子人形マトリョーシカに恐怖感を抱く。開けても開けても、そこから「人」が出てくるとは、何て怖いのだろう。下の句は、分娩を連想させる。人が人を産む――それは、太古から繰り返されてきた営みであるが、作者からは遠い。

  成熟したる個体は卵もつといふこの世の一番ちひさな魚も
  わたくしの芯に湧きくる濃き痛み 母なる雉と卵おもへば
  母性とふ地下水脈のみつからぬ身体にまぼろしのリュート抱き
  しむ
  どうぶつは飼はない。天井に届くほど巨きくなつた植物と棲む

 歌集には、母になることのない欠損感、痛みが繰り返し詠われる。一首目には、メダカのような小さな小さな魚であっても成体は卵をもつのに、いまだ産んでいない私は成熟しているといえるのだろうか、という疑問が込められているようだ。二首目では、抱卵の季節に見かけたキジに胸が疼く作者である。三首目を読み、私はフェルメールの絵を思い出した。リュートという優美な古楽器は、母性の代わりに作者が見つけた詩歌の喩だろうか。「抱く」ではなく「抱きしむ」というのが哀切だ。
 四首目の詠いぶりは、前の三首とだいぶ異なる。動物を飼うくらいなら、巨大化した植物と暮らすのがいい、という強がりが詠われているのだ。具体的な植物名がないこと、また「天井に届くほど」という誇張から、宣言にも似たこの一首に奇妙なテイストを感じる。ここに見える作者特有の太い芯こそ、彼女の真価である。

  明日の米研ぎをるわれの指は今、田んぼのどぢやうのやうに生
  きをり
  スマトラオホコンニャクの巨きな巨きなスカートよ怨恨すべて吐
  き出したまへ
  腐つたおのれ肥やしにすれば後半生生きのびられるか山毛欅
  (ぶな)よ教へて

 大きな不安や怯えを抱えながらも、この作者は自らの醜い部分と向き合う強さを持っている。ひどく繊細な感覚を持て余しつつ、何かぬめぬめした「どぢやう」のような自分、また、「怨恨」のような感情や「腐つたおのれ」をもひたと見つめる強さに、圧倒される思いである。

  猫柳そろりとコップに根を出しぬ なんぼなんでもここでは死ね
  んわ
  ほんたうに良いといはるる花みればふしぎなれども自己主張なし
  ごみ出しは象のこころにどすどすと行くべし(自分を捨てないや
  うに)

 居直ったような猫柳のせりふは、作者自身の声と重なるのだろう。可笑しみにあふれていながら凄味がある。誰にでも好まれる花の面白みのなさを述べたり、ネズミのようにおどおどしているくせに「象のこころにどすどすと」歩いたりする作者の心の計りがたさ。この人は本当に面白い。詠う対象との距離や向き合い方が実に独特だ。繊くて弱々しい葉をそよがせながら、地に根をみっしりと張り巡らせる植物のような勁さ、といえばよいだろうか。読んでいると心を揺さぶられ、泣きたいような笑いたいような、何ともいえない気持ちになってしまう歌集である。

 ☆浦河奈々歌集『マトリョーシカ』(短歌研究社・2009年9月、2625円)


posted by まつむらゆりこ at 04:57| Comment(11) | TrackBack(0) | 歌集・句集の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする