
ふくよかなパンの包みを押しあてて妻はその胸もちて戻れる
石本 隆一
トーストの焼きあがりよく我が部屋の空気ようよう夏になりゆく
俵 万智
バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい
杉ア 恒夫
焼きたてのパンを食べるのは、ささやかな、しかし大きなしあわせである。パンの歌にはなぜか、何ともいえない幸福感が詠われたものが多い。
一首目は、焼きたてのパンのやわらかさと「妻」の胸が重ねられていて、全体に温かい雰囲気が漂う。
二首目に詠われているのは、五月初旬くらいの季節ではないだろうか。あるいは梅雨明けかもしれないが、私は青葉の美しい初夏を選びたい。新しい季節の到来を喜ぶだけでなく、新たな恋の予感を抱いているような、弾んだ気持ちが感じられる。
三首目の作者は、バゲットを垂直に立て、ちょっと生真面目な顔で歩いているようだ。「祈り」にはいろいろ考えされられるが、素直に「焼きたてのパンを買えるしあわせ」への感謝と取ってよいだろう。
パンの大好きな私が、ついに石垣島のパン屋さんの取材を始めた。それぞれのお店の話が面白くて、いろいろ書きたくなるのだが、これは5月下旬に更新されるウェブマガジンをお待ちいただくしかない。いまアップされたばかりの回は「天文」がテーマである(http://kaze.shinshomap.info/series/ishigaki/04.html)。パン屋さんの回を、どうぞお楽しみに!
☆石本隆一歌集『木馬情景集』(短歌新聞社、2005年11月)
☆俵万智歌集『サラダ記念日』(河出書房新社、1987年5月)
☆杉ア恒夫歌集『パン屋のパンセ』(六花書林、2010年4月)