2011年06月17日

やすたけまりさんの歌集

『ミドリツキノワ』

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 「不思議、大好き」というコピーは、本当に素敵だったと思う。子どもも、おとなも、「不思議」が大好きだ。「不思議」とは、センス・オヴ・ワンダーであり、文学にも科学にも必要なものだと私は思っている。

 分子ひとつの決意はいつも正しくて金平糖の角がふくらむ

 「やすたけまり」という、ひらがな書きの名前の歌人は、とてもやわらかい言葉で「不思議」を詠う人だ。この金平糖の歌も、すっと読めてしまうけれど深いものを秘めている。
 寺田寅彦の随筆に「金平糖」という一篇がある。金平糖の製造過程において、角のような突起が生じる物理的条件をあれこれと考察した内容だ。実のところ、金平糖の角ができるメカニズムはまだ完全には解明されておらず、今もいろいろな研究が続けられている。
 この歌の「分子ひとつ」の擬人化は決して甘いものではない。私たちはその「決意」の堅固なこと、美しいことにうっとりさせられる。見えない力によって砂糖の結晶が突起を伸ばす現象の、何と不思議なことだろう。
 こうしたセンス・オヴ・ワンダーは、彼女の歌の本質だ。

 地球ではおとしたひととおとされたものがおんなじ速さでまわる
 ながいこと水底にいたものばかり博物館でわたしを囲む
 なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました
 

 「おとしたひと」「おとされたもの」は、地球外から見るなら「おんなじ速さでまわる」存在である。「ひと」も「もの」も「おんなじ」であると見るまなざしに魅了される。博物館において「わたしを囲む」のは、化石標本だろう。化石は、海や湖だったところに生物の死骸が沈み、その上に泥や砂が堆積した後、長い歳月を経て出来たもの、つまり「ながいこと水底にいたもの」なのだ。「なつかしい野原」には、セイタカアワダチソウのような外来種の雑草ばかりが生えていた。そのことをおとなになって発見すると、何か郷愁と悲しみが入り混じった奇妙な気持ちを味わう。

 ニワトリとわたしのあいだにある網はかかなくていい? まよ
 うパレット
 本棚のなかで植物図鑑だけ(ラフレシア・雨)ちがう匂いだ
 凍らせた麦茶のなかにもっている ゆがんで溶ける水平線を


 出版されたばかりのこの歌集には、「幼ごころ」がたっぷりと詰まっている。幼ごころというのは幼稚なものではない。真実をまっすぐ見つめるまなざしを持ったものだ。センス・オヴ・ワンダーに満ちた世界を描き出した、この歌集がたくさんの人に届きますように。

 ☆『ミドリツキノワ』(短歌研究社・2011年5月、1700円)


posted by まつむらゆりこ at 19:52| Comment(13) | TrackBack(0) | 歌集・句集の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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