
パイナップルのおいしい季節である。
柑橘類や葡萄など好きな果物はいろいろあったが、こちらへ移り住み、「もしかすると、一番好きな果物はパイナップルかもしれない」と思うようになった。それくらい島のパイナップルは瑞々しく、甘みと酸味、香りのバランスが素晴らしい。
自分で買うことは、ほとんどない。ご近所さんや友人からもらうことが多いからだ。時には食べきれないほどもらうので、あちこち配ったり、カットした状態で冷凍したりする。完熟したパイナップルは、芯までおいしく食べられ、太陽の恵みがぎゅぎゅっと詰まった感じがする。
昔はおっかなびっくり包丁を入れていたが、今ではざくざくと大胆にさばけるようになった。七、八年前に「ざっくりとパイナップルを割くときに赤子生まれて来ぬかと恐る」という歌を作ったのだが、いま見ると「は?」という感じである。何でまた、そんな大げさな…と、以前の自分が滑稽に思われる。
環境によって生活が変わり、自分が変わり、歌が変わる。だから、こつこつと歌を作り続けることが大事なのだろう。その時々で、心動かされるもの、興味を抱くものは違う。いま、言葉にしておかなければ、とどめておけない感動があるのだ。
恋人は日盛りに意気揚々とパイナップルを携えて来る
「恋人」はどんな場合にも、いつかは必ずそうでなくなる。別れてしまうこともあれば、毎日顔を合わせる関係になることもある。
日常を分かち合うようになると、常に「意気揚々と」とは行かなくなるのが普通だろう。けれども、ちょっぴり贅沢な存在だったパイナップルが、日々の渇きを潤す果実になったように、自分も「恋人」以降の役割を楽しく、濃やかに果たさなければいけないな、と思う。
*松村由利子歌集『鳥女』(本阿弥書店、2005年11月刊行)