2012年10月07日

停電の夜に

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 ジュンパ・ラヒリは大好きな作家だ。彼女の最初の短篇集『停電の夜に』(新潮社)の冒頭に置かれた「停電の夜に」は、とても味わい深い作品である。
(この短篇の原題は”A Temporary Matter”であり、訳者、小川高義のセンスのよさを改めて思う)
 若い夫婦がたまたま数日間連続して停電を経験することになり、これまで話すことのなかった事柄を互いに話す――というのが物語のあらすじである。電気工事のために5日間、毎日午後8時からの1時間だけ停電するというのだが、それがワーキングカップルにとって、ちょうど夕食の時間だったというのもポイントだろう。彼らは記憶をたぐりつつ、相手に告げずにいた過去の出来事を語りだす……。

  停電の夜にあなたの語りだす昔の恋にシナモン香る

 これは、今年の「歌壇」2月号に寄稿した「停電の夜に」と題する一連の中の歌だ。ジュンパ・ラヒリへのオマージュの気分で作った。歌の内容は事実ではなく、全くの妄想である。私が実際に「停電の夜」を経験したのは先日、台風17号の来襲した際のことだ。停電はほぼ24時間だったが、それでも、闇が自分たちをひたひたと囲むという、特別な感じは十分に味わうことができた。
 相棒はテレビっ子のはしりだった世代であり、なおかつ四六時中テレビのついている職場に長くいたものだから、私たちの夕食時にはいつもテレビの音声と映像がある。だから、卓上ランプに照らされた食事と相手は、実に新鮮であり、照らされていない暗い部分があることもまざまざと感じさせた。ラヒリの小説を読んだか読まないか知らないが、相棒はぽつりぽつりと結構いろいろなことを話した。私も少しばかり緊張して耳を傾けた。
 私たちはどれほど、不必要なほどの明るい光と音声に夜を奪われているのだろうか。台風のときの停電は、吹き荒れる嵐の音がすごかったのだが、食卓には何か静寂に似たものがあった。台風ではないときに、また「停電の夜」を経験したい。闇と静寂、それは人にとって欠かせない、大切なものだと思う。
posted by まつむらゆりこ at 14:24| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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