2013年02月05日

国際結婚、あるいは野口英世

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 相変わらず、締め切りの合間に全く仕事と関係ない本を読んでは、「はぁ〜、至福」とうっとりしている毎日だ。ブログ更新もサボりにサボってしまった。
 先日読んでまずまず面白かったのが、『野口英世とメリー・ダージス』(飯沼信子著、水曜社)である。サブタイトルは「明治・大正 偉人たちの国際結婚」で、野口のほかに、ジアスターゼやアドレナリン抽出で知られる高峰譲吉、エフェドリンの発見者である長井長義、仏教学者の鈴木大拙らのケースが紹介されている。
 何が面白いかというと、やはり彼らのなれそめというか出会いだ。今から百年ほど前の日本人男性が、どんなふうに外国人女性との愛を育んだかというところに、俗な好奇心がそそられる(この本がその意味で少々物足りないのは、一柳満喜子とW.メレル・ヴォーリズのような「日本人女性と外国人男性」のケースを取り上げていないことだ)。彼らの関係に少なからず惹かれるのは、はじめから相容れない部分があることを互いに認識し合ったところからスタートしているからである。国際結婚した友達が数人いるが、いずれも相手との違いについて「まぁ、エクアドル出身だからね〜」「アメリカ人だから仕方ないっしょ」とさばさばとあきらめている。
 本当のところ、男女というものは、そうそう簡単には分かり合えない。なのに日本人同士だと、つい「分かってくれるはず」と期待してしまう。そこに甘さがあるのだと思う。異性には異性の文化、価値観、思考方法があり、自分とは全く異なる存在なのである。

   野心だけが支えであった 精緻なる野口英世の細胞スケッチ

  男性がかなり年上であるケースが多い中、野口英世は同い年(年上という説もある)のメリーと35歳の時に結婚しており、実生活のうえでも対等な関係を築いたようだ。浪費癖があり毀誉褒貶相半ばする野口だが、情濃やかな妻宛ての手紙の数々を見ると、「案外いい人だったんだな」という気になる。見当違いの方向でしゃにむに努力を重ねた野口を、わかったふうに作った自分の一首を読み返し、「申しわけない!」と思うのであった。

   *松村由利子歌集『大女伝説』(短歌研究社、2010年5月刊行)

posted by まつむらゆりこ at 15:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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