
毎週土曜日の午後には、近所の小さな女の子が2人やってくる。ピアノのおけいこなのだ。
私は音楽学校を出たわけでもないので、初めは「教えられない」と断ったのだが、親御さんは「ピアノが好きで、ひいてみたい気持ちがあるので、それを伸ばしてくれるだけでよい」という。責任重大だなあ、と思いつつ、譜読みができるくらいになれば…と引き受けた。
昨春くらいから小学5年生、秋からは4歳の子も来るようになった。4歳の子はまだ音符が読めないので、鍵盤に色をつけたマークを貼って何とかバイエルを始めたところである。
いとけなきものの小さき掌を取りて悪にみちびくごとくピアノへ
鳴海 宥
私の大好きな一首。鳴海さんは音楽学校を卒業されたプロである。小さなお弟子さんにピアノを教える情景を、こんなふうに妖しげに詠ってみせた技とセンスに魅せられる。
音楽は時に、麻薬のような「悪」になり得る。それは絵や小説も同じだろう。耽溺するくらい何かに魅了されることは必ずしも幸福ではないのだと思う。そんなことを思いつつ、昔なつかしい練習曲集や、ディズニーのキャラクターが載っている今どきの教則本を使って、毎回レッスンの真似ごとをしている。
*鳴海 宥歌集『Barcarolle ― 舟唄』(砂子屋書房、1992年10月刊行)