2013年03月30日

SMILE

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 先輩というのは本当にありがたいもので、会社を辞めた後も心配して仕事をくれたりする。
 3月27日に発売された由紀さおりさんのニューアルバム「SMILE」――収められた11曲のうち、2曲の訳詞を担当したのだが、これは良き先輩の紹介が縁で実現した仕事である。あらかじめメロディーが決まっていて、それに合うよう英語の歌詞を和訳するという作業は、思いのほか楽しかった。定型に気持ちを注ぎ込む短歌と少し似ているような気もした。

真鍮のバーに凭れてきくジャズの「煙が目にしみる」 そう、しみるわ
                            松平 盟子


 「煙が目にしみる」はジャズのスタンダード・ナンバー。「SMILE」で私の訳した”You’d be so nice to come home to” 、“Moonlight Serenade” も、そうした名曲である。ぜひ日本語で歌いたいという由紀さんの思いに応えるべく頑張った。
 小学生の頃、テレビで由紀さんが「手紙」を歌うのを聞いて、「この人の日本語は何てきれいなんだろう」と感激したことを覚えている。その方と一緒に仕事ができるなんて、思ってもみなかった。一昨年、初めて由紀さんのために”My Funny Valentine”を訳す仕事が来たとき、「今でさえいろいろ原稿を抱えているのに、これ以上、手を広げてはいけないのでは……」と断りそうになったのだが、もう一人の自分が「面白そうじゃないの。あの、由紀さおりさんだよ! やってごらん」とささやいた。結果的に、それが今回のアルバムに繋がったわけである。怖いもの知らずの好奇心も、たまには必要なのかもしれない。
 「SMILE」には、子どものころに魅了された「手紙」も収められている。声の質、歌唱力の素晴らしさは言うまでもないが、日本語の発音の確かさと美しさには本当にうっとりとさせられる。お薦めの1枚である。

   *松平盟子『たまゆら草紙』(河出書房新社、1992年12月刊行)
posted by まつむらゆりこ at 18:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

物語のはじまり

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 人生には、いつでも初めてのことが起こる。
 先日、中央公論新社の編集者から、拙著『物語のはじまり―― 短歌でつづる日常』が絶版になることが決まったというメールが来た。会社を辞めた翌年に出した、私にとっては自費出版でない初めての本だった。愛着も深い。文庫にならないかなぁ、とひそかに願っていたが甘かった。人生初の絶版である。
 この本が出て、フリーライターとして食べてゆく、という私の新たな「物語」も始まったのだと思う。

  物語から逃れるという物語 女よ靴を脱ぎ捨てなさい

 刊行した2007年から、早くも6年がたった。私自身も少し変わったし、自分が以前に書いた文章を見て、「ほほぉ、こんなことを考えていたのか」と驚くこともある。最初の本への愛着は愛着として、新たなものをどんどん書き続けるしかない。
    *            *            *
 というわけで、この本を読んでみたいという方に格安でお分けしたいと思います(定価は1890円ですが、送料込みで1000円に)。手元にあるのは約40冊なので、先着順にします。
 『物語のはじまり』は、さまざまな現代短歌をテーマ別に鑑賞したエッセイ集です。「働く」「恋する」「育てる」「老いる」など10章で構成されています。
 ご希望の方は、このブログのコメント欄にお名前とご住所を書き入れてください。コメントとして掲載されることはありません。ご送付先をメモして削除します。
 4月初めには数日間留守にしますので、その間にご連絡いただいた方へお送りするのは、少し時間がかかるかと思いますが、ご了承ください。どうぞよろしくお願いします。

   *『大女伝説』(短歌研究社、2010年5月刊行)
posted by まつむらゆりこ at 15:52| Comment(5) | TrackBack(0) | エッセイ集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

春はすぐそこだけど

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 あちこちでデイゴの花が咲いている。島の春である。
 しかし、内地でも激しい寒暖差のようだが、石垣島でも初夏のような陽気が続いたかと思うと、風が強く吹いて寒くなったりする。ここ数日の目まぐるしい天気の変化に、ふと思い出した一句がある。

  春はすぐそこだけどパスワードが違う      福田 若之

 1991年生まれという、若い作者である。もう少しでログインできそうなのに、またもや「パスワードが違います」というメッセージが表示されるような、もどかしさ。惚れぼれとするような若さあふれる一句である。
 この人の洗練された感覚、耳のよさには、本当に魅了される。
 私の特に偏愛する三句。

  歩き出す仔猫あらゆる知へ向けて
  うららかという竪琴に似た響き
  風邪声はうをのうろこのうすみどり


 一句目は、猫好きにはたまらないテイストだろう。小さな猫がおずおずと、しかし好奇心たっぷりに歩む様子をこんなふうに達者に写実するとは! 二、三句目はあえて説明する必要はないと思われる。胸がふるえるように美しい。
 東日本大震災の直後に詠まれた一句も忘れ難い。

  ヒヤシンスしあわせがどうしても要る 

 この切迫感、ぐんぐん押してくる感じ。「がんばろう 日本」もよいけれど、誰にでも「しあわせがどうしても要る」ことを、みんなでもう一度考えたい。

  *週刊俳句=編『俳コレ』(邑書林、2011年12月刊行
posted by まつむらゆりこ at 12:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

こびと

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 日本の童謡というのは、少し特殊なジャンルではないかと思う。幼い子どものために作られた歌であるはずなのに、短調の曲がやたらに多い。何となく、おとなが子ども時代をなつかしんで、自分を慰藉するために作った歌のように思えてしまう。
 たとえば、「森の小人」なども、実にかなしげなメロディーが忘れがたい。「森の木かげで どんじゃらほい しゃんしゃん手拍子 足拍子」という出だしは、まずまずリズミカルなのだが、「小人さんがそろって にぎやかに」のあたり、もう泣きたくなってしまうような、ヘンな恐ろしさが漂うのだ。
 そんなことを思い出したのも、最近、子どもたちの間で『こびとづかん』というものが人気を博しており、その「こびと」たちの姿がひどく奇妙だからだ。昨今言うところの「キモカワイイ」というのだろうか。「カクレモモジリ」「ベニキノコビト」「リトルハナガシラ」……どれも、少々気味の悪い顔と姿である。子どものころ、メアリー・ノートンの『床下の小人たち』シリーズや、いぬいとみこの『木かげの家の小人たち』は大好きだったが、このこびとたちには「う〜ん…」と腕組みしたくなる。
 しかし先日、この『こびとづかん』のキャラクターたちこそ、「森の小人」のメロディーにぴったりではないか!と気づき、「そうだ、そうだ」と一人で嬉しくなってしまったのであった。

  子の食べる一匙ごとのうれしさに茶碗蒸しにはこびとが棲むよ
                       小守 有里


 この歌の「こびと」は、「妖精」と言い換えてもよいのかもしれない。ふだんは食の細い子どもなのだろう。期待以上にぱくぱく食べてくれるのが嬉しくて、作者は茶碗蒸しに潜む「こびと」の力に感謝の念を抱く。一所懸命に子育てしている母親の姿に、ちょっと胸が熱くなったりもする一首である。
 人間よりもサイズが小さくて、不思議な力を持っていたり、独特の暮らしをしていたり――。こびとの存在を心のどこかで信じていると、いいことがありそうな気がする。

 
  *小守有里歌集『こいびと』(雁書館、2001年8月刊行)
posted by まつむらゆりこ at 15:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

向き合う

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 ご近所さんから誘われて、おひな様を見に行ってきた。木目込み人形の教室に通って、ご自分で作られたというお人形は、古風で優しげな顔立ちである。
 七段飾りをこんなふうに飾れる家も、昨今はそう多くないだろう。私の人形は、男雛と女雛一対がガラスケースに入ったものだった。母の持っていた五段の飾りと並べていた記憶がある。雛飾りではないけれど、瀬戸物の小さなティーセットなども一緒に飾った。あの雛飾りや道具類はどうなったのであろうか。
 母に訊くと、「あ、要るなら送ってあげる」などという事態を招きそうで、怖くて聞けない。それでなくとも、老い支度を着々と進め、ある日突然、私の小・中・高校の成績表をまとめて送ってきたりするので油断がならないのだ。

  並びゐし雛人形をしまふとき男雛女雛を真向かはせたり
                     田宮 朋子


 事実を淡々と詠った一首が、何か深い意味を持つように感じられることがある。この歌もそんな一つだ。ふと「私たち、ちゃんと向かい合っているだろうか……」と考えさせられてしまう。
「恋は互いに見つめ合うこと、結婚は二人で同じ方向を見つめること」というが、結婚してからだって、互いを見つめ合うことは時に必要ではないのかな、と思う。出会ったころに抱いた熱い感情を思い出したり、相手の眼に映る自分を確かめたりすることは、どれほど年月がたっても大事なことだ。
 作者自身の思いがどこにあるかは分からないが、雛人形を一つずつ丁寧にしまう仕草のやさしさが、一首全体をやわらかくしていて、読む者の心もほっこりと温かくなる。
 
*田宮朋子歌集『雛の時間』(柊書房、1999年6月刊行)
posted by まつむらゆりこ at 19:26| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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