おぼれゐる月光見に来つ海号(うみがう)とひそかに名づけゐる
自転車に 伊藤 一彦
この歌に惹かれたのは、自分も小学生のころ自転車に「セドリック」と名付けていたからである。いま乗っている車にも名前を付けているが、子ども時代のことも含め、その話をエッセイ集『語りだすオブジェ』に収めるかどうか、だいぶ迷った。いったん書いたものの、あまりにも子どもっぽいと思ったのである。
しかし、少年のような心が瑞々と詠われたこの歌を紹介するとき、やはり自分の気持ちも書いておきたいと考え、最終稿に残すことを決めた。そして、どうやらそれは正解だったようだ。というのも、本を読んだ感想をいろいろな方からいただいたのだが、「私も自分の身近なものに名前を付けています」という手紙が思いのほか多かったからだ。「愛車の名前は、スペインのフラメンコ学校で教わった、カッコいい男性の名前です!」「愛用のホウロウ鍋は、ルクレチアという名です」などなど……。
「ふうん、同じような人って多いんだ」と面白く思っていたのだが、一枚の葉書にふと目が釘付けになった。私よりも少し年上のその女性は、「私も、ものに名前をつけるのが好きで(多分、『赤毛のアン』の影響)、自分の自転車や池などをお気に入りの名で呼んでいました」と書いてくださっていた。
そうか! アンの影響だったのか。
確かに彼女は、りんごの花咲く美しい並木道を「歓喜の白路」と呼び、村人たちが「バリーの池」と呼び習わしている池を「輝く湖水」と名付けるなど、自分だけの呼び名でもってさまざまなものを愛した。アンは私たちに、豊かな想像力はありふれた日常をこの上なく輝かせることを教えてくれたのだった。
「歓喜の白路」「輝く湖水」はいずれも村岡花子の訳である。原文ではそれぞれ the White Way of Delight, the Lake of Shining Waters となっている。村岡訳は最も古く、それ以降いくつもの訳が出たが、特に「歓喜の白路」という明るく清澄な響きにかなう訳はないと思う。
今年は『赤毛のアン』が刊行されてちょうど100年にあたる年である。村岡花子の生涯を孫娘、村岡恵理が追った『アンのゆりかご』(マガジンハウス)を読んでいるところだが、とても面白い。この歌の作者も、もしかすると少年時代に『赤毛のアン』を読んだことがあったのかしら、と思う。
☆伊藤一彦歌集『海号の歌』(雁書館、1995年)
そしてBOSOM FRIENDを「腹心の友」と訳した村岡花子さんに乾杯〜♪♪♪
そうなんですよぉ〜〜、「腹心の友」って言葉は、本当に少女たちの心を熱くしましたよね!
ジャズのベーシストに尋ねるとみんな自分の愛器に女名前をつけてます。(女性ベーシストはあまりいない)。形状が女性に似ているからか。しかし、マリリンとかキャサリンとか百恵とか理想の女性の名前をつけているケースが多く、自分のカミサンの名をつけている奴は誰もいなかった。これはよくわかる。カミサンは思うような音は絶対出してくれないもんな。
おおお。楽器に名前を!
いい話ですぅ〜〜。
そういえば「チェロを抱くように抱かせてなるものかこの風琴はおのずから鳴る」(大田美和)という歌があります。世の「カミサン」は、まず自分が奏でたいしらべを探すのだと思います。
松村さんの「語りだすオブジェ」の中でこのお話を拝見した時に、私の娘(高3)が自分の自転車に「アンソニー」という名前をつけていることを思い出しました。「アンソニー」と名付けた理由については聞いたことはありませんが、娘が松村さんと同じような体験をしていると思ったら、なんだか嬉しいような気持ちになりました^^
私は自転車に名前をつけたことはなくて、そもそも「物」に名前をつけるということ自体なかったように思います。しかし、こういうのって楽しいなぁと感じました。これからは意識的に「物」に名前をつけてみようかと思っています。
楽器に関するお話のつながりで、まずは自分のギターの名前から考えてみようかな^^
「アンソニー」って、いかにもさわやかな少年って感じがします!
由来は知らなくても、名前を付けていることをお父さんに話してくださるのだから、とってもいい親子関係だなぁ、と思いました。
松村さんの大田美和さんの歌と世の「カミサン」に大喝采。どちらも図星ですね。
笑っていただいて、嬉しいです!
でも、自分でも自分の思うような音は出せないのが人間ですよね。
男の子は逆に、固有名のあるものをわざと「第×号」「第××地点」といってみたりもしますが。
今日の毎日歌壇の作品、拝見しました。
シリアスな内容でしたが、「ロシナンテ・・」の歌、興味をひきました。
以前読んだフランスのある小説で
登場人物が古い車(プジョー204)のことを「ロシナンテ」というくだりがあったので、人間というものは似た考えをもつものだ、と妙に感心しました。
アンの影響だけではないと思いますが、とても嬉しい反響だったのです。
男の子の「第×号」好みの話、これまたすごくいいですね!納得です。
フランスの現代小説の話は知りませんでした。「ロシナンテ」は、石原吉郎が帰国後につくった同人誌のタイトルです。
なつかしい・・・。(^^)
そうです、『小公子』。
最初に読んだ頃はセドリックと同い年くらいだったのに、いつの間にかセドリックのお母さんの年齢もとうに超えてしまいました!