2008年10月10日

フルート

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 フルートの音(ね)にかぎりなく許されて咲きはじめゆく唇ひとつ
                     大滝 和子


 毎日毎日フルートを吹いていたのは、もう30年以上も前のことだ。高校のブラスバンド部に入り、土日も盆暮れもなく、ひたすら部活動に専念していた。楽器はそうそう自分の思うままにはならなかったが、それでも分身のように思っていた。
 先週、米国テキサス州へ行き、社会学者の女性に取材する機会があった。ひと通り話を聞いて雑談になったとき、ふと思いついてフルートのことを訊いてみた。彼女の著書に、趣味としてフルート演奏が書かれていたからだ。
 「楽器は何を吹いているの?」「ヘインズよ」
 ヘインズ! それはボストンを拠点とするフルートメーカーだ。そして、私が母から譲り受けた楽器でもある。そのことを話すと、彼女は目を丸くして喜んだ。
 アメリカ人だからアメリカのフルートを持っているのは当たり前かもしれないが、私には嬉しい偶然だった。それで、帰ってから少しヘインズについて調べてみた。すると、ピエール・ランパルの好んだメーカーの一つであったこと、私の持っている1960年代半ばの製品のピッチは440Hzと、今の標準よりもやや低いことなどが分かって面白かった(道理で当時もチューニングのとき、私だけがいつも低くて苦労したわけだ!)。
 この歌の作り出すイメージは、何ともいえず甘美である。フルートの澄んだ音に許されたように、やわらかな唇がおずおずと開く−−。それは、演奏中のフルーティストの官能的な表情と読んでもよいし、愛を得てキスを待つ唇の比喩と解釈してもよい。
 歌の作者もフルートを吹く人ではないかなと思う。歌集にはいくつものフルートの歌があり、いずれも楽器への深い愛着が感じられるからだ。

 惑星の光陰ふかく吹きこまむ ガラスケースのなかにフルート
 ささやかなフルート主義者 風景から追放された楡が細胞


 イメージ豊かな歌の数々は、時に解釈が難しいほど高い飛翔を見せる。無理にわかろうとせず、人それぞれに楽しめばよいのだと思う。
 私のフルートは、昨夏オーバーホールに出したものの、ずっとケースにしまわれたままだ。「咲きはじめゆく唇」というやわらかな表現に、何だかまた楽器を吹きたくなった。

☆大滝和子歌集『銀河を産んだように』(砂子屋書房、1994年7月)



posted by まつむらゆりこ at 09:11| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は、キスが上手くなりたくて
フルートを習い始めました。
動機は不純です。        微笑♪
ヘインズ氏の寂しそうな横顔が目に浮かびます。
Posted by ひろし at 2008年10月10日 14:06
ひろしさん、
まあ! フルートを吹いていらしたとは。
何だか嬉しいです。でもフルートって、しばらく吹かないと音がきたなくなって、吹いても楽しくないんですよね……。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月10日 15:56
わたしもブラバンでした〜♪楽器はクラリネット☆そのあと打楽器。

「ブラスバンド」っていう言葉を聞いただけで音楽室のにおいを思い出す(笑)。
楽器が生き物のように思えていたころでした。同じ楽器をやっていたというだけで親近感がわいたりしますよね!昔同じ本を読んだ者同士のように♪
Posted by もなママ at 2008年10月11日 09:41
もなママさん、
ああ、音楽室のにおい!
入り浸ってましたねぇ〜〜。
あの頃自分たちで演奏した曲は、いつ聞いても胸がきゅんとします。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月11日 10:46
「かぎりなく許されて」のかぎりなくが、いいな〜
学生時代、部室から聞こえてくるトランペットの音やまぶしい夕日は、今も胸にしまってあります。
Posted by スマイル ママ at 2008年10月11日 11:22
スマイル ママさん、
そうですね!「かぎりなく許されて」の甘やかな感じにはうっとりさせられます。
そして「部室から聞こえてくるトランペットの音」「まぶしい夕日」の何となつかしいこと!!
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月11日 12:13
私は楽器を奏でることの出来ない人間です。一人の人間として生まれ、出来ない事だらけなのは仕方ないとしても、楽器を奏でられる人に限りない嫉妬心を抱くのはなぜでしょうか。数学が出来なくても、スケートが滑れなくても、こういう気持ちは生まれないのですが。
Posted by ぷありりれふあ at 2008年10月14日 22:03
ぷありりれふあさん、
それはきっと、何かの楽器があなたを待っているからではないでしょうか!
私はもう20年以上自分のフルートを吹いていません。そして、演奏会やテレビ番組でフルート奏者を見るたびに、嫉妬心を抱いてしまいます。
ぷありりれふあさんに奏でられるのを待っている楽器が何か、探してみてはいかがでしょうか。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月15日 08:57
うわっ!!なんて素敵な発想なんでしょう。思っても見ませんでした。乗りやすい私は、心の中で、「なんなんだろうか、」って考えています。素敵なお返事、有難う。嬉しいです。
Posted by ぷありりれふあ at 2008年10月15日 21:36
ぷありりれふあさん、
私もお返事をとても嬉しく拝見しました♪
どうぞ、よい出会いがありますように。
街を歩いてもテレビを観ていても、楽器が気になるなんて、胸がわくわくしますね!
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月15日 22:28
フルートいいですね。
私も高校時代に少だけブラスバンド部にいて、トランペットを吹いていました。フルートは吹いたことがないですが、息を吹き込んで音を出すまでがとても難しそうですね。
金管楽器のように、マウスピースに唇の振動を伝えるのでもなく、フルートやピッコロ以外の木管楽器のようにリードがあるわけでもなく、独特な楽器ですね。
ぜひ、ゆりこさんの今のフルートの音、拝聴したいです。
そうえいば、以前に楽器屋さんで、「アルルの女」より『メヌエット』」の、ギター伴奏譜を見たことがあります。今でもあるかなぁ?
入手して、練習しておこうかな^^
Posted by KobaChan at 2008年10月15日 23:08
KobaChanさん、
おおお、トランペットはブラスの花形ですね!
音の出し方はいろいろですが、冬場はどの楽器の連中も、「唇が命!」とばかりにリップクリームを塗っていたのを思い出します。
「アルルの女」の「メヌエット」、なつかしいです〜〜。ちゃんと吹けるかしらん。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月16日 17:37
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