2008年10月31日

帽子

KICX2342.JPG

 帽子かけにとり残された帽子より馬の形の夜がこぼれる
                     大久保春乃


 帽子が好きである。すっぽりと頭にかぶせたときの安心感というか、ぴったり感が心地よい。
 いつだったか、母が引っ越し作業を手伝いに来てくれたとき、衣類を片付けながら「あなたって帽子が好きなのね〜〜」と感に堪えないように言うのでこちらの方が驚いてしまった。言われてみれば、家族の中で帽子が好きなのは私だけかもしれない。父方の伯母に帽子の好きな人がいて、形見分けをしたときにいくつかもらったのだが、残念ながらちょっと私には小さい。「帽子は少し大きめなものを選ぶと、かっこよくかぶれるんですよ」とは、記者時代に取材した帽子屋さんのアドバイスである。
 この歌の作者も、帽子の好きな人だろうか。誰もいない夜、帽子かけに掛けられた帽子から、するりと馬の形をした「夜」がこぼれる――「闇」としないところがミソである。ぬめぬめと馬の仔が生まれ落ちるイメージが喚起され、しなやかで黒い塊の、妖しくも美しい形が思い浮かぶ。こぼれた「夜」は、声もなく、どこかへ走り去ってしまったのだろうか。
 箱の中にしまわれている帽子は、まんべんなく闇に包まれているが、帽子掛けにかけられている帽子は、周囲の薄闇よりもさらに濃い闇を内に抱えている。そこにぐっとくる。あるいは、帽子のあの窪みは、いつも人間の頭を包んでいるために、何か想念というか情念を抱えることになってしまったのだろうか。
 「馬の形」という見立ては素晴らしく的確である。「馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ(塚本邦雄)」に通じる妖しさを感じる。とすれば、やっぱりこの「夜」は、帽子の持ち主の恋の思いが形を取ったものなのかもしれない。
 ああ、長らく帽子をかぶってきたけれど、こんな素敵な空想は私の帽子(の中の頭)からは生まれてこなかった。お気に入りの帽子をくるくると手で回し、しばし反省の秋である。

☆大久保春乃歌集『草身』(北冬舎、2008年9月)



posted by まつむらゆりこ at 09:04| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
帽子、とても、お似合いですよ、いつもそう思います。

「馬の形」って、すごく的確ですね。
僕は、「吾輩は猫である」で迷亭が、くしゃみ先生の奥さんにパナマ棒を見せびらかすところがすきで、去年、パナマ帽買いましたが、もったいないのでしまってあります。
帽子は、ある人の不在と存在をあらわしていると思います。
Posted by たろちゃん at 2008年10月31日 17:23
たろちゃんさん、
わぁ、パナマ帽!
粋な明治の男を感じさせますね。
そして、帽子が「ある人の不在と存在をあらわしている」というご意見、深いです〜〜。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月31日 17:42
私も帽子大好きです☆

かぶっていると、なぜか安心するの。

忘れて外に出たら、わざわざ取りに帰るほど。なんだか喪失感がこわくて。からだの一部になってしまってるのかしら。家にいるときはなくても平気なのにね。

わが寒き頭の楯、かしら(笑)。
Posted by Lucy at 2008年10月31日 18:24
Lucyさん、
帽子が自分の一部なんて素敵です(私はそこまで上級者ではありません)。
自分の輪郭を変えてくれるのが面白いんですよね、帽子って。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年10月31日 18:35
こんにちは。
私はめったに帽子をかぶりません。
暑い時に外に出る時などに、いわゆる野球帽や、麦藁帽子などをかぶるくらいです。
しかし、このようなお話を伺うと、帽子はとてもおしゃれなものなのですね。「馬の形」という表現もとっても素敵だと思います。
Posted by KobaChan at 2008年11月01日 16:08
KobaChanさん、
男の人の帽子も素敵ですよ!
野球帽や麦藁帽子をかぶるなら、もう次は中級クラスということでしょう。
この秋、試してみてくださいね。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年11月01日 17:04
映画「インディ・ジョーンズ」 ・・・・・ あれから20年
帽子が好きになり、帽子はファッションのゴールと思いつつ
今、帽子掛けにはドーフマンとステットソンのソフトハット ふたつだけ
残ったものは、シンプルな無地の茶と黒
その帽子が似合うように、自分を変えてきたような気がします。
Posted by ひろし at 2008年11月02日 17:35
おお、「その帽子が似合うように、自分を変えてきた」とは!
何てまあカッコいいこだわりでしょう。
そして、そちらのブログの何と素敵なことでしょう!
皆さま、是非アクセスを……。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年11月02日 21:00
まつむらさん、こんにちは。久しぶりにコメントさせていただきます。

帽子というアイテムは、身の回りの品の中では好きなアイテムです。

子供の頃、TVドラマの主人公がかぶっていたチロリアンハット(羽根は付いていなかたったからアルペンハットと呼ぶのが正しいのかもしれません)が格好よく見え、自分でもかぶっていた思い出があります。
その後大人になって、ゴルフに行くときに、直射日光に弱いので帽子をかぶりましたが、チロリアンハットタイプのものを選んでいました。

今は、もっぱら野球帽(キャップ)です。紺、黒、ベージュなどいくつかの色を揃え、その日のファッションにあわせて、帽子を選ぶのがささやかな楽しみです。

「帽子掛けにかけられている帽子は、周囲の薄闇よりもさらに濃い闇を内に抱えている。そこにぐっとくる。あるいは、帽子のあの窪みは、いつも人間の頭を包んでいるために、何か想念というか情念を抱えることになってしまったのだろうか。」

帽子の窪みが情念を抱えているのでは?という発想は、『語りだすオブジェ』の作者ならではの視点ですね。目からウロコが落ちる思いがしました。
Posted by 拓庵 at 2008年11月03日 15:25
拓庵さん、
お久しぶりです。
子供の頃からの帽子好きでいらっしゃる由、楽しく読みました。
人によって、帽子からこぼれ落ちるものは違うかもしれませんね。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年11月03日 16:51
こんばんは、帽子は日よけ、防暑のためのものですが、なぜか強い印象をのこしますね。

 たとえば、教科書によく載ってる詩人中原中也の肖像写真は俗に「中也帽」とよばれる帽子をかぶっていて、それが彼のイメージになってます。
 
戦後、特に男性はカジュアルな帽子しかかぶらなくなりました。
 通勤時に帽子をかぶってるのはサザエさんのお父さんぐらい?
 その名残か、首都圏の一部で使われている古い電車の座席には「帽子掛け」が残ってます。

 帽子は人がかぶっていても、どこかに掛けられてても、はたまた箱に仕舞われていても、古きよき時代の香りがします。



Posted by SEMIMARU at 2008年11月03日 18:07
SEMIMARUさん、
なんと!
「通勤時に帽子をかぶってるのはサザエさんのお父さんぐらい」というご指摘は全くその通りですね。そして、古い電車の座席に「帽子掛け」が残っているというのも、鋭いご指摘です〜〜。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年11月03日 18:21
あまんきみこさんの「おにたのぼうし」のように、つのを隠せるぼうしがほしいな〜
Posted by スマイル ママ at 2008年11月04日 11:37
帽子っていいよね。先週金曜にチェックを忘れ、しらずに競馬の天皇賞、コルク製のハンチングをかぶっていき、長い審議のあと三連単的中となり、頭にずいぶん汗をかきました。このごろ若い女の子がハンチングをよくかぶっている。あれ、割と好きだねー。松村さんのお帽子姿というのがあまり記憶にないのですが、そうですか、そんんなに好きだったんですか。
Posted by 冷奴 at 2008年11月04日 11:52
スマイル ママさん、
うわぁ、「おにたのぼうし」なつかし過ぎます! 好きでした〜〜。
スマイル ママさんの「つの」は、柔らかくて傷つきやすいのでしょう?

冷奴さん、
ハンチングをかぶって競馬場へ、とはカッコいいです!
そして、帽子というのは通勤するときにかぶっていると日本の場合、恐ろしく目立つんですよ……。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年11月04日 12:29
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