2009年02月20日

はんちくはんちく

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  海まで来てどうしてソール・ベローなのはんちくはんちく踊る白波
                       大久保春乃


 どんな男に惚れるかと言えば、それは本を読む男である。ベストセラーではなく古典、あるいはブレイクする以前の知る人ぞ知る小説などを読んでいたら、胸がときめいてしまう。経済や哲学など私の苦手とする分野の本もいい。物欲しげに覗き込む私に「読んだら貸そうか?」なんて話しかけてくれたら、すぐに陥落してしまうだろう。
 先日、1月27日に亡くなったジョン・アップダイクの追悼記事を読んでいて、この歌を思い出した。ソール・ベローもアップダイクも、大学時代に親しんだ作家である。どちらも昔は文庫で読めたのに、今は品切れになっている作品が多いのが寂しい。
 ベローは現代アメリカを代表する作家で、ノーベル文学賞も受賞した。「海まで来て」ベローを読んでいるなんて、相当かっこいい。しかし、この作者は本に読みふける恋人に、「せっかく私と海に来ているっていうのに、あなたはまた本を読んでるの?」と、少しすねてみせる。
 内心は「こういう人だから大好きなのよ」と思っているのだろうが、所在ない思いも抱く作者であろう。「はんちくはんちく」という奇妙なオノマトペがとても魅力的だ。ベローを読んでいる恋人の傍らで、この人は打ち寄せる波と戯れながら「はんちくはんちく」と踊っているのではないだろうか。不思議な明るさに満ちた一首である。

☆大久保春乃歌集『草身』(北冬舎、2008年9月)

posted by まつむらゆりこ at 09:29| Comment(10) | TrackBack(0) | せつなくも美しい恋の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本を読む男性は好きだけど、女性と「海まで来て」ベローを読んでいるなんて…あたしだったら引く(爆)。そこのとこ歌にしちゃう女性の方がずっとかっこいい♪


ところで「オノマトベ」って何ですか?(無学ですみません)(汗)
Posted by Lucy at 2009年02月20日 17:53
ゆりこさんが惚れる男・・・
ふむふむ、なるほど。

あらためて、「本を読む男」になることを、
目指したいと思います^^
Posted by KobaChan at 2009年02月20日 20:42
Lucyさん、
あっ、そうですね。この作者のかっこよさ、ってホント共感します。
「オノマトペ」って、ごめんなさい。「わあわあ」とか「にゃーにゃー」みたいな擬声語のことです。

KobaChanさん、
「本を読む男」だけでなくて「ギターを弾く男」「おいしそうに食べる男」なども好きですので!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年02月21日 00:01
ある映画のラストカットを思い出しました。
【公園のベンチで本を読んでいる小さな本屋を営む男の横には、
幸せな顔をした元ハリウッド女優】
一生、忘れられないカットです
Posted by ひろし at 2009年02月21日 09:48
「はんちくはんちく」。いい調子だから、オノマトペとして魅力的なんだけど、「はんちく」を「中途半端」という元の日本語として読んでも面白いですね。「海にまで来ながらベローを読むなんて、どっちつかずね。彼と私の関係だって・・・」なんてことになるのかな? 「踊る白波」だから、結局は「『こういう人だから大好きなのよ』と思っている」んでしょうけれど。
Posted by 濱徹 at 2009年02月21日 22:03
ひろしさん、
やや、その映画は何だったのでしょう。
私も観たいです!

濱徹さんの解釈も魅力的ですね。
ともかく調子のよさに気持ちが明るくなる一首です。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年02月22日 11:46
映画 『ノッティングヒルの恋人』です。
お時間ございましたら Posted byの ”ひろし” をクリック
感動のラストシーンだけですが、観ることができます。
(愚文はご容赦のほどを)
http://nothing-hill.seesaa.net/
Posted by ひろし at 2009年02月22日 16:11
ひろしさん、
おお! それは観たかった映画です。
そちらのブログ楽しく拝見しましたが、動画のラストシーンは見ずに、DVDを借りてくることにいたします。お許しを!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年02月22日 17:50
海辺でソール・ベローを読む、キザというかシュールというか、結句を「白波」で止めたとこも、余韻を感じさせて何ともつかみどころがなくて、かつ楽しい歌ですね。
 
これが米文であるのがまた愉快です、独でも仏でも露でも日でもいいようですが、作者が何か思い入れがあるのでしょうか、ソール・ベロー自体か、その中のある特定の作品か、興味がわいてきます。
 
海辺で読むとしたら何がいいか、私はコレットの「青い麦」かな、この作品は中学生のとき、学習雑誌で読んで強い印象を受けました、それも舞台を湘南海岸にして、日本の物語として翻案するという形式で掲載されていました。どうも私は仏系ですね。
Posted by SEMIMARU at 2009年02月23日 22:04
残念ながら、私は由利子さまのような高尚な文学は、思春期で終わり、高校生以降は社会派の書物を読みふけるようになりました。

心に残っている本は、(古い順に)
「自由からの逃走」Erhrich Fromm
「フォロイト著作集」S. Freud
「資本論」Karl Marx
「金融資本論」Hilfarding
「フルトヴェングラー」脇、芦津、丸山
「指揮法教程」斎藤秀雄
「質問のない…」Leonard Bernstein
「Meditations from Conversations with God」N. D. Walsch
「The bridge of Madison County」
そして、
「愛の法則」米原万里
ですかね…。

こうやって、書きながら、だんだん柔らかくなっていく自分を感じますなぁ。(っというよりも老眼が酷くて小さい字を長く読めない、笑)

知的好奇心で、タルムードでも読んでみたいなぁ
Posted by ErwinRommel at 2009年03月23日 11:28
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