2009年03月20日

photo桜.jpg

  さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり
                       馬場あき子


 「人生五十年」という言葉について考える。「平均寿命が短かった時代のこと。まだまだ若い気分でいなくちゃ」−−そう安閑としていてよいのかな、と思うのだ。
 この歌は、作者が四十七歳のときにつくられた。その年齢を越えた私としては、自分が何をしてきたのか、これから何をすべきなのか、あれこれと考えてしまう。
 名歌として親しまれてきたこの歌について、私は長らく「老いゆかん」という言葉を他人事のように感じ、「水流の音」を清冽ではあるが寂しいものとして想像していた。しかし、ふと思った。年ごとに巡る春の何と美しいことだろう。桜は毎年、花を咲かせながら老いてゆくのだから、それに倣って自分もまた年齢を重ねるほどに花を咲かせるよう努力すべきではないか、と。
 若いときには、自分も周りも騒がしくざわめき、慌ただしい。自分の身体の奥深く流れる「水流の音」なんぞに聴き入る余裕はない。けれども、ある一定の年齢に達したとき、ざわめきから離れて耳を澄ませることができる。本当に大事にしたいこと、本当に心を傾けたいこと。それに気づくのが「老いる」ということであれば、何と嬉しいものだろう。
 肉体は衰える。けれども、「水流の音」という言葉は自らにあふれる豊かな蓄積を思わせる。春が巡る度に花を咲かせる木々の営みを思えば、人もまた同じようにたっぷりと咲かせることができるはずだ。「これから老いに向かうわよ!」−−この歌に、作者のはつらつとした笑顔と満開の桜が重なるような、そんな新しいイメージを抱く。郷里の福岡では、もう桜が咲き始めた。

☆馬場あき子歌集『桜花伝承』(牧羊社、1977年3月)

posted by まつむらゆりこ at 08:29| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
「本当に大事にしたいこと、本当に心を傾けたいこと。」
少し耳を澄まして見たいと思います。
私にも水流があるかなぁ^^;
Posted by KobaChan at 2009年03月20日 15:19
僕も、子供のときは桜なんかぜんぜん、興味なかったというか、学校が始まるときなので、やでした。
でも、だんだん、桜が咲くのを楽しみにするようになりました。
うちの近くは、明日には開くかもしれません。

Posted by たろちゃん at 2009年03月20日 17:13
「年ごとに巡る春の何と美しいことだろう。」

…なんだか泣けちゃいました。

私もゆりこさんと同年代。毎年めぐりくる春に、少女時代と同じときめきを感じた次の瞬間、もう若くはないのに、というせつなさを感じてしまうこのごろです。

でも、この写真を見て、歌と解説を読んだら、なんだか元気が出てきちゃいました。

今年も素直に春を愛でようっと♪
Posted by Lucy at 2009年03月20日 20:19
KobaChanさん、
音楽を楽しむのは、心の耳を澄ませることかもしれません!

たろちゃんさん、
もうすぐ関東地方も桜の開花ですね♪

Lucyさん、
赤毛のアンのように、年をとっても若々しい自分を想像すればきっと大丈夫ですよ。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月21日 09:44
しづ心なく散りいそぐ桜なのに、なぜ咲くことをやめないのか・・・
歳を重ねてみて、その営みのかけがえのなさに漸くきづかされています。
お写真のように、みごとにたっぷりと咲かせられるかしら♪
Posted by スマイル ママ at 2009年03月21日 11:58
よく見る「染井吉野」は樹齢70年程。しかし、精霊が宿る桜樹は千年生き続けるという。 自分の老いたる苗木を、精霊が宿りたくなるような魅力ある桜樹に最後の渾身の力をもって仕上げ、願わくはその花の下で終りたいものです。
Posted by ひろし at 2009年03月21日 14:49
こんばんは。その新解釈新鮮でいいなあ。陰気に流れ易い短歌が、松村さんにかかると励ましになる。貴女の持ち味ですね。前向きな老いを担保するのは健康と能力。常人は五十前後と言えば子供の教育費と老親の面倒で、花は何処へ行った?です。松村さんの後半生の花は咲き出してますね。毎年著作が楽しみです。
Posted by 赤目 at 2009年03月21日 22:52
スマイル ママさん、
この枝垂れ桜の姿のように、お互い、たっぷりと咲かせましょう!

ひろしさん、
あっ、いいですね。木の精霊のイメージって、私にとっては、ちょっとヨーロッパ的です。ひろしさんのコメントに、和洋の融合した雰囲気を感じました。

赤目さん、
現実の「五十前後」は、「花は何処へ行った?」というコメントに、なるほど!と思いました。自分の心身の老いだけでなくて、状況のことも考え合わせて頑張らねば……。これから出す本を楽しみにしてくださっているのは、私にとって何よりの励みです!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月22日 09:18
いやあ、舞鶴公園を通って、裁判所への道は綺麗でっせ!(数日前の強風で大分散ったけれど…悲)

でも、歳経るごとに5感は研ぎ澄まされてきますね〜。山を「歩く」ときの水のせせらぎ、自然の匂いと「呑ん兵衛」の在処の匂い(?)、近くは見えないくせに遠くからやって来る美しいものが何故か見える(?)、そして子供の匂い…。

みんな、人間が信じる「神様」が創造したのでしょうね。日本人の感性のよろこびを感じる瞬間ですね。

まだ、私は短歌は詠めませんが、「詩人」くらいなら、できるかな?
Posted by ErwinRommel at 2009年03月22日 20:22
こんばんは、「満開の桜を、この先何度見るだろう」いつからか、春になると、そんなことをわけもなく思うようになりました。
しかし、そんな感情をもつようになってから、季節のなんでもない風物が、とても美しく愛しく思えるようになりました。
年をとることで、たしかに失うものもあるけど、得るものも多いですね。
Posted by SEMIMARU at 2009年03月22日 21:41
Rommelさん、
年齢を重ねるごとに五感が研ぎ澄まされるというのは、しあわせなことです!
「子供の匂い」って、確かにありますね。小学校に取材に行くと、校舎全体が甘酸っぱい匂いがして、「ああ! 子供の匂いだ」と思ったものです。

SEMIMARUさん、
本当に「季節のなんでもない風物」も人も、いとしく思えるようになりますね。
同じ時代の同じ場所にいるんですもの、大事にしなければ!

Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月22日 22:51
最近、十時くらいに眠くなったり、立ち読みで腰が痛くなって嘆いていたのですが、叱られちゃうな。松村さんにも、馬場さんにも。
さて、掲出歌ですが、わが美作は真庭市に醍醐ざくら、という歴史深い桜があります。
上句は、たとえばこのような老木(だったとしたら)に比べて自分は、なんと稚いのだろう、というような思索があったのかもしれません。
あるいは、さほど齢に差はない、と考えるのが妥当でしょうか。
下句。
水流が春の小川、町川、滝だとして、
「自然の息吹の前に、『老い』という人間の概念の、小さいことよ。」
みたいな。

桜は、エドヒガンが好きです。
Posted by 森 at 2009年03月23日 00:29
森さん、
美作にお住まいなのですか。醍醐桜という名に惹かれます。
自然の息吹の前に、「老い」という概念の、小さいことよ、という読みも、とてもいいなあと思いました!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月23日 09:40
恐縮です、住んでるのは静岡ですが。
Posted by 森 at 2009年03月23日 21:32
森さん、
おお、静岡もいいところですね!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月24日 09:44
歌詠みならば、俳人ならば、自分にとってこれ!という桜の一首、一句を持ちたいのではないか。西行の「願わくは・・・」のような。そんな詩心を誘うのが桜。散り際のよさが、人生を感じさせるのかなぁ。靖国で東京の桜が開花したというのに、その後の寒さで桜はどうなっちゃったのか。松村さんもそろそろ、これ!という桜のおうたをご披露下さい。
Posted by 冷奴 at 2009年03月25日 10:56
冷奴さん、
うーむ、すごい課題をいただいてしまいましたね。
「そろそろ」という言葉に嘆息する思いです。
覚悟を決めて、取り組んでみます!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月25日 23:14
お久しぶりです。こちらはようやく桜が咲き出しました。
馬場あき子さんの歌はわたしにはむずかしいと思っていたのですが、最近の歌はわりとわかりやすく、総合誌に載った海月の歌などとてもよいと思い、かりんに入ればよかったーなどと、思うほどでした。
この歌の「水流」からは、ただ、体内に水が流れるところのみを想像していましたが、なるほど、心の中の流れととらえるとおもしろいですね。
Posted by いぶ at 2009年04月05日 14:48
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