2009年03月27日

ロシア

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  亡霊のごと遠ざけてゐたるかなけはしく暗きロシアの小説
                       伊藤 一彦

 
「ロシアの小説」と聞くと、まず重厚長大というイメージが思い浮かぶ。この歌の「けはしく暗き」という語そのものである。しかし、実際に読んでみると、案外と登場人物たちはよく食べ、よく飲み、決して悩んでばかりいるのではない。
 そんなことを考えたのも、『ロシア文学の食卓』(沼野恭子著、NHKブックス)が面白かったからだ。ドストエフスキー『罪と罰』に出てくるロシア古来のスープ「シチー」、ゴーゴリ『死せる魂』のピロシキ、トゥルゲーネフ『猟人日記』のサモワールで淹れられるお茶……ロシアに限らず、外国の小説を読む楽しみの一つは、知らない風土、知らない食べものが出てくることだ。さまざまな食事のシーンは、人々の暮らしや思いをとても親しみのあるものに感じさせてくれる。
 『ロシア文学の食卓』で嬉しかったのは、「はじめに」のところで谷崎潤一郎の『細雪』が登場することである。
 『細雪』はいつ読んでも面白い。初めて読んだときは四人姉妹の末っ子である妙子よりも若かったが、読み返すごとに姉妹の上のほうに近づく。今は長姉の鶴子さえも追い越してしまっているであろうことを思うと、ちょっとおののくものがあるが(何しろ、ぱらぱら頁をめくると「五十歳以上の老人」なんていう言葉が見つかるのだ……)、それはそれとして、『細雪』には妙子たちが知人である白系ロシア人のキリレンコ一家に招かれる場面が出てくる。
 その食べきれないほど豪勢な食事風景と対比される形で、隣に住むドイツ人のシュトルツ一家の質実な台所風景も描写されているのは、谷崎の鋭い観察眼によるものだろう。そして著者、沼野さんは、この描写がロシア人とドイツ人の国民性の違いだけでなく、自由奔放に生きる四女、妙子と、堅実でまじめな次女、幸子の性格の違いとも重なり合っていることを指摘する。
 「亡霊のごと」ではないが、私もロシア文学を敬遠していたかもしれない。『細雪』には、幸子の夫がキリレンコ家で「トルストイ、ドストイェフスキー、日本の人は皆読みます」なんて話す場面もある。何から読んでみようか、文庫版の新訳を試すのもよさそうだな、と楽しみに思う。

☆伊藤一彦歌集『青の風土記』(雁書館、1987年)



posted by まつむらゆりこ at 00:25| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
敬愛するいぬいとみこ先生は、ロシア児童文学に精通しておられました。
その影響というわけでもないけれど、文庫で読んだロシアの絵本は今も心に残っています。
外は銀世界なのに、家のなかはペチカの火が燃えて、あたたかい風景ばかりです。
Posted by まだむ at 2009年03月27日 08:28
こんにちは。食に着目すると、極寒陰欝そうな国も身近に感じますね。伊藤さんがロシア小説に熱中しなかった?意外だなあ。仕事柄。ルーシとロシア区別ついてませんが、チャガ茶飲みましたよ、先日。白樺に生えるキノコらしいです。チェルノブイリの影響がない地域のだと説明があって、現代も隠された険しく暗いロシアはあるんだなと思ったり。美容と老化対策にはいいらしいですよ。年齢にはおののきますが、毎年数減ったら怖いでしょ!と連れ合いは居直ってます。
Posted by 赤目 at 2009年03月27日 10:03
 この本、面白そうですね!
ロシア料理といえば、御茶ノ水にバラライカという店があって、そこのすっぱいボルシチと、ひき肉の揚げたのがとてもおいしかったです。これから食べに行きたいです。
 ドストエフスキーは、50歳になるまで読んだことなかったですが、読み始めたら、はまってしまい、途中でやめられなくなって、ほかになにもできなかったです。
Posted by たろちゃん at 2009年03月27日 12:41
まだむさん、
ああ! いぬいとみこさんの童話、私も大好きでした。
寒い国のおはなしは、あったかい国とは違った味わいが格別です。

赤目さん、
チャガ茶、って初耳です。試してみようかな。
よき文学作品もきっと「美容と老化対策」によいのではないかと思ったりも。見目より心!ですものね。

たろちゃんさん、
御茶ノ水の「バラライカ」(もう、この名前だけでじーんとしますね)って知りませんでした。
若いときにはわからない古今の名作も多いはず。これから大いに楽しまなければ、と思います。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月27日 13:14
こんにちは。桜の園あたり季節的に再読しますか。松村さんにはオブロ−モフを薦めましょう。
Posted by 赤目 at 2009年03月27日 15:37
 本当に、そうですね。
「バラライカ」は「白系ロシア」のおばあさまが、いつも店にいました。このおばあさまは、ほうきを差し出すと、すぐに空に飛んで行きそうな、素敵な人でした。
 古今の名作では、何度も挑戦し、かつ、一ページ目でやめた本に「失われた時を求めて」というのが、ありました。
 ところが、最近、フランスの人がこれをすばらしい絵本にしたのを、日本で訳されたのを読みました。
 非常に美しい絵本でした。


 
Posted by たろちゃん at 2009年03月27日 18:48
ロシア文学は、キリール文字を観て、挫折しました。ラテンはすんなり眼を走らせることが出来るのになあ(悲)
政治や崩壊前のソヴィエト共産党体制の国王一家並びに側近虐殺や様々な残虐さを知るにつけて、遠ざかってしまったですね〜。

でも、文学からなら…。『ロシア文学の食卓』ぐらいから、良いのかしらん。これって、単なる喰い意地が張っているから?

Invitation(いやコメントですよね)が上手いですね!

でも、文学やるとアウシュビッツ収容所(現在のオスビエンチーム)の横の工場で食べた、ボルシチなど、深くはまりこみ、イタリア料理で経験した、ソース作りお宅に行っちゃいそうで怖いですわ!!?
Posted by Erwin Rommel at 2009年03月27日 22:04
赤目さん、
「桜の園」とは、すてきな選択ですね!

たろちゃんさん、
そんなおばあさまに、私もお会いしたかったです。プルーストは私も挫折しました。『細雪』も、あの世界に入ってしまうまでには、やや時間がかかりますから、入り込むには根気とかコツが要るのでしょう。

Rommelさん、
ロシアとの最初の出会いがロシア民話の絵本だったという私は、幸運だったのかもしれません。
クマやキツネ、ペチカや白樺の世界は、歴史上のさまざまな残虐さよりも身近なものとして存在しています。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月28日 01:12
ロシア文学についてまったくの素人ですが、ボルシチと黒パンの味は学生時代シベリア横断したとき毎日のように食べていましたので覚えました。あれから40年、ボルシチは得意料理となりました。(パンも作るが下手。何度つくっても今ひとつ、難しい)
自分でつくるこの青春の味は幸せの匂いを、一瞬だけ運んでくれます。
Posted by ひろし at 2009年03月28日 14:20
 こんばんは。
 ロシア文学のことは全くわからないのですが、お話を伺っていてロシア民謡のことを思い出しました。
 「トロイカ」、「カチューシャ」、「山のロザリア」、「バルカンの星の下に」などなど・・・。 このような名曲のメロディーを思い出しながら、ロシア民謡のそれは、私たち日本人にも良くなじむのではないかということを思いました^^
 良いものを良いと感じる心に、国境はないのかもしれませんね。
Posted by KobaChan at 2009年03月28日 19:27
ロシア文学は重くて、読むのにも
エネルギーが必要です。
池波正太郎氏のエッセイに「戦争と平和を読破するのには、若く、体力、気力のあるうちじゃないとダメだ」というのがありました。
私も一度挫折したことがあります。若いうちに?再挑戦しようかな。
Posted by SEMIMARU at 2009年03月29日 18:38
ひろしさん、
シベリア横断とは素敵ですね!
黒パンは小さいときから大好きで、ハイジがおばあさんのために白パンを集めるのはどうしてかしら、と思っていました。

KobaChanさん、
ロシア民謡のもの悲しい旋律は、本当に胸がきゅんとなりますね。日本の旋律もどこか悲しげで、何か通じるところがあるかもしれません。

SEMIMARUさん、
「読むのにもエネルギーが必要」というのは、全く同感です!
会社勤めで疲弊していた頃は、通勤電車の中では軽めのミステリしか読めませんでした(泣)。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月29日 21:01
こんばんは。ここでいいか、短歌研究の三十首読み感動しまして。与謝野晶子の気持ちに乗り移るがごと、ああわれの太郎は人に育てられ。思いの深さもさりながら作品の緊張感が素晴らしい一連で、ブログでは優しく相手してくださってるんだなあと、、、いや、ロシア文学の前に松村さんの本買いに行きます!お世辞抜きです。
Posted by 赤目 at 2009年03月30日 19:22
赤目さん、
「短歌研究」読んでくださり、嬉しいです。
「ああわれの太郎は」は、一番思い入れのある歌です。連作全体としての出来はどうでしょうか……。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年03月31日 13:54
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