2009年07月03日

たらふく

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  ああ君にゆだねてしまいたきことの多けれどビールたらふく
  飲めり                 駒田 晶子


 恋をすると、自分らしさと女らしさの間で迷うことがある。これは多分、男性にはない迷いだと思う。ふだんならぱきぱきと主張して決断するのに、そのことにためらい、相手の意向を確認し、できれば相手の望むようにしたくなる。それは「女らしさ」というよりは、相手を喜ばせたいという心理なのかもしれない。
 この歌の「ゆだねてしまいたきこと」には、「今日、なにを食べる?」や「今度の旅行、どこに行く?」から「結婚したら仕事はどうする?」「親との同居、どうしよう?」まで、二人で決めるべきさまざまなことが含まれているのではないだろうか。選択をまかせる、というのではなく、相手を喜ばせたい一心で「あなたが決めて」と言いたくなる心理が、女性にはある。
 この歌では、恋をした作者が「ゆだねてしまいたきこと」の多さに圧倒されそうになりながら、ぐいぐいとビールを飲んでいる姿が、愛らしくも頼もしい。缶ビールなんかでなく、分厚いガラスのジョッキで飲んでいるようなイメージである。何でも恋人が望むようにしたいという、しおらしい、いわゆる「女らしい」気持ちもあるのだけれど、ビールがおいしくって、彼女は「雄々しく」ジョッキを傾けるのである。
 「たらふく」という言葉がいい。私は二十代前半のころ、社内報に職場の行事報告を書いたことがあった。刷り上がった社内報を見ると、皆でバーベキューを食べる場面に、デスクが私の知らない間に「たらふく」という語を補っていた。「自分は絶対に使わない言葉なのに」と、すごく悲しかった。
 なぜ「たらふく」を使わないか――若かった私は「たらふく」を女らしくない、品のない言葉だと思ったのである。愚かだった。
 恋する若い女性が、あれこれ悩みながらもビールを「たらふく」飲む。何てすてきなんだろう、と思う。ジョッキをたくさん空けているうちに、「これだけは、ゆだねちゃダメね」と思って、恋人にちゃんと自分の意見を伝えられるかもしれない。自分らしい「たらふく」を大事にしたい。

☆駒田晶子歌集『銀河の水』(2008年12月、ながらみ書房)

posted by まつむらゆりこ at 09:32| Comment(8) | TrackBack(0) | せつなくも美しい恋の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「たらふく」のように自分の語彙にない言葉を使いたくは、絶対にないですよね。31文字の本、半分ほど読みました。なんでこんなに文章がお上手になられたのかを、時々考えるのですが、馬鹿デスクが手を入れない文章なのだからでしょうか。自分が出た方がよくなるケースがままありますので。でもそれだけじゃない、言葉で食べていくのだという覚悟の違いか、とも思ってしまいます。それに年輪もあるのかなぁ……。
Posted by 冷奴 at 2009年07月03日 12:26
とりあえず、飯だ。

ビールはいらない。

たらふく食ったら、いつでも死ねる。
Posted by junji at 2009年07月03日 12:42
冷奴さん
あっ、ご購入くださって、本当にありがとうございます。そして、そんなに褒めていただいて……(汗)。
「たらふく」は、実際には自分の文章では使わないかな、と思うのですが、この歌の大らかさはとても気持ちよくて!

junjiさん、
なるほど。日々の糧を得る大切さでしょうか。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年07月03日 12:53
Emilyはよく使ってるよ。「たらふく」。
それがまた可愛いんだ!(爆)

あ、ところで、Lucy「ゆだねた」ことないかも…(汗)
Posted by Lucy at 2009年07月03日 19:12
たらふく(鱈腹)、なんとも楽しい表現ですね。鱈は食欲旺盛でいつも胃袋いっぱい食べてる、という意味でしょう。
それにしても、最近はビールのCMに女性が登場し、しかも飲んでいるシーンが多いです、私が子供のころは、ビールのCMは壮年男性の俳優(三船敏郎とか加山雄三)がやる、というイメージでした。
Posted by SEMIMARU at 2009年07月03日 19:45
Lucyさん、
お宅のお嬢さんが「たらふく」を使ったら、かわいいでしょうね♪

SEMIMARUさん、
おお、ビールのCMに関するご指摘、鋭いです! 私の記憶にも、苦みばしった壮年男性のCMがはっきりとあります。世の中、変わらないようで変わっているんですよね。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年07月03日 21:34
そうかあ…真に女らしい人は、相手に「ゆだねる」わけね!?

勉強になりました♪こんどから「やってもらう」のでもなく「やらせる」のでもなく、「ゆだねる」ことにします☆☆
Posted by もなママ at 2009年07月04日 13:26
もなママさん、
高等手段としての「ゆだねる」というのも面白いですね。全然ゆだねない、というのは、これまたよくないような気がしてきました。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年07月04日 21:39
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