玉蜀黍は髭の数だけ実があるという毛深きひとはやさしいという
大谷 榮男
トウモロコシというのは、案外と不思議な植物である。この歌にある「髭(ひげ)」というのは、めしべの一部だそうだ。だから、めしべの一本一本が、実の一粒一粒に対応するのだ。「ひげ」は、受粉するためにあんなに長くなったというのだから、けなげに思える。
私はこの「ひげ」と実の関係を数年前にテレビ番組で知り、「ええっ、そうなの!?」と驚いた。歌の作者も「髭の数だけ実がある」ことに感動したのだろう。そして、面白いことに、トウモロコシのふさふさのひげから「毛深きひと」を連想した。「トウモロコシって律義なんだなあ。そう言えば、毛深い人もやさしいっていうよね」
何となくとぼけたような味わいが楽しい一首である。理屈がなく、意見や感情の押しつけがない。もしかすると、作者自身が「毛深きひと」なのかな、なんて思ってもみた。
トウモロコシといえば、ゲノム上を動く遺伝子、トランスポゾンを思い出す。バーバラ・マクリントックという女性科学者は、1940年代にトウモロコシを使った染色体の研究をしていて、染色体のなかで、あるいは一つの染色体から別の染色体へ移動する不思議な遺伝子を発見した。まだ、DNAが遺伝物質であることが解明される前の成果であり、彼女の論文は「わけのわからない主張」として長らく学界で異端視された。1983年、彼女の画期的な発見に対してノーベル賞が贈られたとき、マクリントックは81歳になっていた。
ゲノムとは何となく決定的で固定されたものだというイメージがあるが、実に動的でダイナミックなんだなあ、とわくわくさせられる。そして、根気よくトウモロコシの研究を続けたマクリントックの言葉を思う。「どんなトウモロコシをとっても全く同じものは一つとしてありません。みな違っています」
☆大谷榮男歌集『リカバリー』(2009年5月、角川書店)
ゲノムのダイナミズムにわくわくするなんて、やっぱり、由利子さんは理系なのだなあと感じました。以前にもこんな趣旨のコメントをしたことがあり少ししつこいかなと反省しています。
いやいや、私もしつこいですが、「理系に憧れる文系歌人」ですので。
でもねえ、このマクリントックの評伝って、ホント面白いんですよ!(『動く遺伝子』ケラー著、晶文社)
おお、同じ茎からとれたものでも違いますか!
夏つながりで言うと、アサガオの突然変異はトランスポゾンによるものが多いそうですよ。世界は不思議で満ちていますね。
あっ、鋭いです。きょうだいでも性格、運動能力、容姿……みんなトウモロコシなんですねえ。