2009年11月27日

奥さんと呼ばれ

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 奥さんと呼ばれためらふ一瞬をはうれんさうはつやつやと揺れ
                     永井 陽子


 人の作品をすべて読み、記憶しておくことは、ほぼ不可能である。けれども、高名な歌人の話題になった歌集くらいは、ざっと見ておかなければいけない。非常に似た発想の歌をつくってしまうことがあるからだ。
 2005年に出版した私の第二歌集に「奥さんと呼ばれたじろぐ吾がいてゼラニウムの鉢買わずに帰る」という歌が入っている。永井陽子さんの歌は、2000年に刊行された遺歌集に収められている。私は永井さんの歌が大好きなので、出てすぐに買って読んだのだが、そのときは自分が類歌をつくってしまったことに気づかなかった。
 その後出版された永井さんの全歌集をちびちびと読み始めたのは、確か会社を辞めた2006年夏ぐらいだったと思う。そのとき初めて掲出歌に気づき、「ああっ、もう、こんな歌があるのに!!」と髪をかきむしらんばかりに悶えた。
 たぶん私の歌集を読み、「あら、松村さんたら」と気づいた人は何人もいるだろう。しかし、それを指摘してくれた人はいない。こういうことは自分で気づかなければならないのだ。
 先週、新潟の超結社「うたの会」の歌会で、詠草の批評をする機会があった。「遠景」という言葉を詠いこんだ作品について、山田富士郎さんが「島田修二の『肩を落し去りゆく選手を見守りぬわが精神の遠景として』といった名歌があるので、こういう語を使うときには気をつけなければいけません」と指摘したのが印象に残った。
 歌を作り始めて間もないころ、子どもを小動物にたとえた歌を作り、師の馬場あき子から、ぴしっと「もう『小動物』という言葉は使えないんだよ。森岡貞香の歌があるから」と言われたことは忘れられない。「つくづくと小動物なり子のいやがる耳のうしろなど洗ひてやれば」である。
 そういう語を使うならば、既にある名歌を超えるものでなければならない。「奥さんと呼ばれ」で始まる歌をうかうかと作ってしまうなんて、実に恥ずかしいことだった。
 永井さんの歌を読むと、「奥さん」と呼ばれて動揺はするのだけれど、ホウレン草を買う意思が強かったのかな、と思う。一瞬ためらいはしても、瑞々しいホウレン草へと目をやったのだから。恐らく次の瞬間には手を伸ばしたのではないか。「つやつやと揺れ」に何か、許しというか明るさが感じられる。それにひきかえ私の歌では、たじろいだ結果ゼラニウムを買わずに帰るのだから、花への愛着もなく、惨めな気持ちばかりが残る。まだまだ修行が足りない。


☆永井陽子歌集『小さなヴァイオリンが欲しくて』(2000年10月、砂子屋書房)



posted by まつむらゆりこ at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
類歌、難しいですね。
Posted by morijiri at 2009年11月27日 00:10
ここで一番罪深いのは八百屋さんです。

お客の女性には、だれにでも「お嬢さん」と呼ぶべきです。
Posted by もなママ at 2009年11月27日 08:00
morijiriさん、
本当に。それと記憶せずに頭にイメージのみ残っていることもありますから。

もなママさん、
お〜、八百屋さんを責める! そういえば、スペインに行った友人が、メイクをばっちりしていると「セニョリータ(お嬢さん)」だけど、メイクしていないと「セニョーラ(ミセス)」って呼ばれるんだと笑っていました。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年11月27日 08:34
類歌というのですなぁ。とんがった話になると、著作権?
でも、人の心の瞬間を描写する「歌、詩…」などの、芸術系では致し方ないことなのでは?と思う。
音楽系では著作権で争う様があるが、その先にあるものは「…」が大きいからなのでしょうね?

詩の話に話題を戻すと、とっさに取る自分の行動というのは、けったいでりますなぁ。さらにスゴイと思うのは、その行動を(多少のユーモアもあると思うけど)詩にしてしまうという、歌人という職業人は尊敬してしまいます。
Posted by ErwinRommel at 2009年11月27日 16:31
 こりゃ、歌詠みのひとはたいへんだなぁ。普通名詞の組み合わせでも配慮しなけりゃならんとなると、つらそー。だって「奥さんとよばれてたじろぐ」シーンはたくさんありそうじゃない。その点、俳句は17字だからダブルときもあるはずなのに先人よりできのいいのをつくっちまえばいいのか。うまいだろ、文句あっか!という風に。松村流のデスクの哀感のおうたはあとの人はつくれないことになるぞ。それでもいいのかな。
Posted by 冷奴 at 2009年11月27日 18:14
Rommelさん、
今回の話は著作権ではなくて、あくまでも志の話です。なんでも歌にしてしまう歌人の涙ぐましい習性に気づいたあなたは鋭い!

冷奴さん、
そうです、「うまいだろ、文句あっか!」というなら問題はないのです。「ええっ、私より前に、他の人がこんないい歌を作っていたの!」というような不注意なことでは、あかんのです。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年11月27日 18:21
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