ニュースやニュース用語を歌にするのは、なかなかに難しい。どうしてもスローガンみたいになったり、説明的になったりするからだ。だから、この歌集に出てくるような歌を読むと、「うーん、うまい!」と感服してしまう。
東証の平均株価のもみあひのごとき小心者と言はれつ
人間がひとつになれるラストチャンスかもしれなくて<温暖化防止>
「東証の平均株価」がこんなふうに詠われるなんて、思ってもみなかった。「よりつき」とか「もみあい」など、経済用語には面白い言葉がある。この歌は「言はれつ」となっているが、こんな洒落た表現は作者自身が考えたに違いないと思う。
温暖化防止にロマンを感じている二首目も、とてもいい。ここ数年、温暖化を詠んだ歌はかなりたくさん見たが、自然現象の異常を温暖化によるものだろうかと不安がる、ごく当たり前の歌ばかりだった。この歌は人類が一つの目的に向かって団結する、という壮大な夢を抱いているのだが、口語調のやわらかさ、ほんの少しの軽みが相まって、スローガンのようにはなっていない。「ホントだね! がんばろうよ」なんて応じたくなってしまう。
この作者、機知に富んだ歌ばかりではない。植物や自然へのまっすぐな感動を詠った作品がまた魅力的だ。
茄子、胡瓜無言なれどもよき知恵を持ちゐるなればよき実つけたり
花咲きてそれより後が大事なりなう茄子殿と言ひて水遣る
春の野は生れたくて生れたくてやつと生れた命にて満つ
植物の「よき知恵」を称える素直さ、ナスに水をやりながら「のう、ナスどの」なんて話しかける茶目っ気、生命に満ちた春の野原に対する感激。この作者の明るさは、読んでいて実に気持ちがいい。
こうした自然詠の延長線上で自らの身体を見つめたのだろうか。不思議な身体感覚を詠った歌にも惹かれた。
身の内に飼ひゐる鳥に与ふべき水と思ひて口にふくみぬ
生き方の殻といふものあるならん一、二度脱皮したやうな気も
自分の体内に「鳥」がいて、それに水を与えるように水を少しずつ飲んでいるという一首目にはうっとりさせられる。二首目の、ちょっととぼけた味わいもおかしい。下の句には笑ってしまうのだが、「生き方の殻」を脱皮せずに終わってしまうことを思えば、どんどん脱皮した方がいいのだ、たぶん。
こうした愉快で繊細な感覚は、さらに深まってゆく。
身の裡の水位腰まで下れりと思ふ胸から腹がさみしい
肉体は眠つてゐるが眠らない何かがあつてたましひと呼ぶ
どちらも、読んだ瞬間に「ああ、本当に」と共感する。どうして、そのことに今まで気づかなかったんだろう、とさえ思う。「胸から腹」にかけて在る空間には、「鳥」がいるのかもしれない。そして、「眠らない何か」の何とさみしいことか。一人ひとりの中に決して眠らないものがいて、一晩中しんと目を覚ましているのだ。
さまざまな詠みぶりの歌があり、とても楽しんで読んだ一冊である。
☆馬場昭徳歌集『マイルストーン』(角川書店、2009年11月)
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今の日本(特に民主党政権)は悪しきアメリカ式短期決戦を、不慣れな金融政策を含めて、行っている(悲)。別に小生は自民党が良かったと言っているわけでもないが、あの麻生太郎前総理が、リーマンショックによる、日本経済への波及を最小限とどめようと、総選挙をぎりぎりまで引き延ばした、「政治家根性」に、鳩山にない「現代版・滅私奉公」を感じるのは、私だけだろうか?
この歌集の作者はお米屋さんです。立ち会いをしている人ではないから、余計に愉快なのだと思います。
おお! 本当に。
この歌は決してスローガン的ではありませんけれど、そういうふうにも生かせるような気がします。
今回の「マイルストーン」というタイトルに触発されて何十年振りかでマイルス・デイヴィス
のLPを引っ張り出して聞きました。タイトルは『マイルストーン』。昔、これって「マイルスの音」か「一里塚」の意味かで議論した事がありました。
1958年に当時ヴィクターから出たものですが、ボクのはCBS−SONYからでた復刻版です。もちろんモノラル。
これが凄いんです。メンバーはキャノンボール・アダレイ、ジョン・コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズ、そしてポール・チェンバースです。学生の頃擦り切れるほど聴いていたもので、大好きな「Straight,No Chaser」がBラストに入っています。
それこそ、レコード自体が久し振りだったもんで、楽曲もさることながら、スピーカーから出てくる音の微妙さに聞き入ってしまいました。
レコード針を交換したくなりました。どこで売っているんだろう。
おお、マイルス・デイヴィス!
いやいや、いいんですよ。よいタイトルというものは、かくも想像力を喚起し、どこまでも私たちを遠くへ連れていってくれるのです。私も来年は第3歌集を出す予定ですが、いいタイトルにしなくっちゃ。
ほめていただいて、にこにこしてしまいました。この歌集、本当にいい歌が多くて全部は紹介しきれませんでした。竹山広さんの文体、息づかいを感じられたとのこと、また再読したいと思います。