2009年12月25日

クリスマス

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 クリスマスのうまやの模型〈村人〉は宙見あげぐつと息とめてをり
                       日置 俊次


 子どものころ、クリスマスの朝はわくわくした。枕元かクリスマスツリーの下に、必ずプレゼントが用意されていたからだ。何しろ活字中毒児だったので、本が一番うれしかった。かわいい毛糸の靴下や帽子などもうれしいにはうれしかったが、分厚い本を手にすると、それに没頭できる時間の長さを思って幸福だった。
 クリスマスは、何だか日本ではどんどん妙な方向へ行き、前夜のクリスマス・イヴの方がメインなのだと思っている人も多いようだ。私は小さいころ日曜学校へ通っていたので、そのあたりがどうもなじめない。そして多分、それは少数派なのだと思う。
 幼子イエスが生まれたときの様子が描かれた絵やクリスマスの飾りは、よく見るものだが、あまりにも見慣れていて何の違和感も持たなかった。だから、この「クリスマスのうまやの模型」の歌にはびっくりした。
 この〈村人〉は、イエスの誕生を祝うため現場へ駆けつけたに違いないのに、聖母子の傍らで宙を見あげ、「ぐつと息とめて」いるのだ。敬虔な思いに打たれて息を止めているようには感じられない。喜ばしい場にいながら、それでも本当に自分たちに平和や幸福が訪れるのだろうかと信じきれない気持ちがあるように思う。絶望や虚無というほど強い気持ちではない。しかし、日々の労働に疲れた〈村人〉の懐疑、そしてそれを打ち消そうとする思いが、何ともリアルに詠われた作品だと思う。
 この歌を読むと、遠藤周作の作品を思い出す。信じたくて信じきれない日本のキリシタンたちの迷いと葛藤。しかし、それこそが人間の生きる悲しみではないだろうか。クリスマスに慣れ親しんだ文化の中では決して作られない、見事な歌である。

 聖母子の片方に描かれ聖者達つひに神にはなれざりし者
                       香川 ヒサ


 ☆日置俊次歌集『ノートルダムの椅子』(角川書店、2005年9月)
 ☆香川ヒサ歌集『PAN パン』(柊書房、1999年1月)


posted by まつむらゆりこ at 10:16| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。

「平和」や「幸福」のために、何かを信じきることができるとしたら、きっと幸せでしょういね。そういう強い思いや気持ちが、本当の信仰心というものなのでしょうか。
私には、信じ切れる何かが、未だ見つからないです。しかし、「平和」や「幸福」は望んでいます^^

なにはともあれ、メリークリスマス!
ゆりこさん、楽しいクリスマスをお過ごしください。
Posted by KobaChan at 2009年12月25日 19:39
七五三が終わったとたんに街角にクリスマスがあふれる、非キリスト教国の商業クリスマスは滑稽でもあります。
聖徳太子は馬小屋の前で生まれたので「厩戸の皇子」といわれてますが、これはキリスト教の知識が当時の日本にも伝わっていて、生誕伝説ができたともいわれます。
いつの時代、どの国でも、苦しい娑婆に生きる人々は、このような「奇蹟の子」に救いを求めるのでしょうか。
引用の二首とも、クリスマス美術にかかせないのに、一般の人はあまり意識しない村人、聖者(三博士?)を題材にしたのは、とてもいい着眼と思いました。その人たちのその後はどうだつたろう、などと空想してしまいます。

PS 平塚らいてう賞受賞おめでとうございます。来年も益々のご活躍を期待しております。
Posted by SEMIMARU at 2009年12月25日 20:12
KobaChanさん、
人は「信じ切れる何か」を求めて、人を愛し、自然のなかに大いなるものを見ようとするのでしょうね。嬉しいコメントをありがとうございました。メリークリスマス!

SEMIMARUさん、
そうなんです! 村人など周囲の人に目を向けたところが名歌だなあ、と感じ入るばかり。「その人たちのその後」を私も考えてみます。
受賞のこと喜んでくださって、ありがとうございます!
Posted by まつむらゆりこ at 2009年12月25日 20:48
由利子さんの仰るとおり、日本は何でも受け入れる国のマジョリティーでもない、クリスマスを「Festival」として、受け入れているようですね。
最近では、多くの派のキリスト教会まで24日の礼拝で終わるところが多い中で、私は25日に時間が出来たので、わが子と、とある福岡市中央区にある教会へクリスマス賛美礼拝にでました!
久しぶりに、他人様の歌も聴けて、やはり「主の一人子が生まれた」のだなぁっと、感慨ひとしおでありました。
この歌も、形としてある「主の生誕」を模した人形を歌ったのでしょうが、このような歌による情感の表現は、「本当にいいですね。では、さよなら、さよなら、さよなら」!
Posted by ErwinRommel at 2009年12月28日 09:58
Rommelさん、
クリスマス当日の礼拝にいらした由、よかったですね。今年もあとわずかとなりました。どうぞよい新年をお迎えください。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年12月28日 15:14
あなたにとって今年は飛躍の年でした。私も上げたり下げたりで盛り上げたつもりです。

来年もさらなる御発展を祈っております。
Posted by 阿南龍子 at 2009年12月29日 16:57
阿南龍子さん、
お名前を久しぶりに拝見して、とても嬉しく思いました。まだまだ未熟者ですが、どうぞ新しい年もよろしくお願い申し上げます。
Posted by まつむらゆりこ at 2009年12月29日 20:32
とーっても遅ればせながら、クリスマスおめでとうございます!
欧米では1月6日までお祝いするということでご容赦を…
それに、聖書にはどこにも12月25日が降誕の日とは書いてないんですよね(笑)
というわけで、クリスチャンもなママにとっては一年中クリスマス。365日主の降誕に感謝しています♪

あ、もちろんうるう年には366日…
Posted by もなママ at 2010年01月04日 16:08
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