2010年02月05日

ピル

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  山鳥の尾のしだり尾のながながし時たちにけりピル承認に
                     大滝 和子


 先日、ニューメキシコ大学を訪れて感心したのは、日刊の学生新聞が発行されていることだ。実際は土日を除く週5日の発行だが、東京大学新聞も慶応塾生新聞も月刊らしい。全国紙の夕刊くらいの12ページというページ数にも驚かされた。
 写真は1月22日付けの1面である。この日のトピックスは「どの pregnancy center があなたに向いている?」という見出しが付けられている。妊娠してしまったら、どこのセンターに行くのがいいか、という記事である。トップには地図が掲げられ、大学周辺にある5つのセンターのサービス内容が記されている。
 サービスは、妊娠判定▽性感染症テストと治療▽HIVテスト▽HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン接種▽緊急避妊▽人工妊娠中絶▽中絶後のカウンセリング▽親になるためのクラス▽学びながら収入を得るためのクラス▽経済的サポート▽スピリチュアル・サポート……とまあ、実に多彩だ。
 カトリック系のセンターであれば、産むという選択を提示し、経済的、精神的な支援システムも準備されているのが、アメリカらしいと言えようか。緊急避妊とは、いま日本でも導入が検討され始めたピルの一種だが、避妊に失敗したりレイプされたりした場合に妊娠を回避するための最後の手段である。モーニングアフターピルとも呼ばれる。
 ここまで読んで、ややうんざりした人もいるかもしれない。私は記者時代に生活家庭部という部署に長くいて、十代の妊娠中絶や出産、不妊治療を巡るさまざまな側面など、女性の健康に関するニュース全般を追ってきたので、つい、この問題になると熱くなる。ともかく、日本の保健教育の貧しさにはがっかりさせられてきたのだ。
 予想外の妊娠をしてしまった若い女性にとって、選択肢は多い方がいい。学生ママになってもよいし、今回はあきらめて確実な避妊法を学ぶという選択をしてもいい。結婚せずに子どもを産むことを「けしからん!」というのであれば、もっと思春期の性教育を充実させ、望まない妊娠をしないような手立てを講じることだ。どちらにしても、自分の体と向き合い、パートナーと対等な関係を築くことが大切である。
 日本で避妊目的の低用量ピルが承認されたのは、1999年6月である。欧米諸国に比べ40年近くも遅かったのは、多くの障壁があったからだ。「山鳥の尾のしだり尾の」の歌は、そうした障壁の背景に存在した偏見や無知を嗤ってみせた。作者は、はっとするような美しい詩的飛躍や言葉に潜む陰翳を自在に表現する人なのだが、この歌に関しては硬派な一面を見せていて、私は一層好きになった。
 少しずつ状況は変わりつつある。日本家族計画協会クリニックのサイトには、ピルを処方するクリニックを検索できるページがある。日本地図から都道府県を選び、市町村まで絞り込むと、クリニックごとの地図や診療時間などの情報が出てくる(http://www.jfpa-clinic.org/search/pill.html)。とても使いやすく親切な内容だ。ピルは女性が主体的に選べる確実な避妊法なのだが、まだまだ情報が少ない。
 最近「できちゃった婚」は、「おめでた婚」「授かり婚」といわれるようになった。それはそれでよいのだが、結婚に至らない予想外の妊娠がどんな結果に終わるのかを考えると憂鬱になる。早すぎた出産が子どもへの虐待に結びつくケースもある。心身ともに十分な準備ができてから出産するためにも、ピルは有効な手立てだと思う。

☆大滝和子歌集『人類のヴァイオリン』(砂子屋書房、2000年9月)
posted by まつむらゆりこ at 00:00| Comment(11) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回のテーマはとても難しいテーマですね。
命について深く考えさせられます。
Posted by 中村ケンジ at 2010年02月05日 18:38
中村ケンジさん、
コメントくださって、とても嬉しいです。今日たまたま会った知人の男性に、「ピル」というタイトルを見ただけで読むのを敬遠した、と言われてしまったので、なおさら嬉しく思いました。まだそういう拒否反応があることを興味深くも思いますが……。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年02月05日 23:46
今日たまたま会った知人の男性ですが、勇気?をもって読ませていただきました。
確かに楽しく論じられるテーマではないので、つまり本気で語らなければならないので、つまり、私なら私の価値観とか、生命観とかを剥き出しにしないと語れないところが重苦しいのですね。
本音で言えば「避けて通りたい」部分ではあります。
今はどうなのでしょうか、私の知る限りではカトリック界では公式的には「オギノ式」しか認めていないのではなかったでしょうか。
息子には「これぞと思った女以外と子供を作ったら承知せんぞ、いいな」ときつく言ってあるんですが、どんなもんでしょうか。
Posted by マコトニイチャン at 2010年02月06日 01:22
夕べは楽しいひと時をありがとうございました。人の一生を左右する重いテーマですね。その昔「中ピ連」と称する女性解放運動家がテレビのワイドショーを賑わしていたのを思い出します。
Posted by コビアン at 2010年02月06日 08:49
性教育…女子より男子にぜひ!

ほんとうに知識を必要としているのはむしろ男子だと思います。女性をいたわる男性の育成に力を入れて、不幸な妊娠など起こらない社会にしたいものです。
Posted by もなママ at 2010年02月06日 11:54
この一文を読むまで「ピル」は副作用などで女性を傷つけ、性モラルが乱れ、エイズ等感染すると思い、避妊はコンドームが一番と思っていました。読後、「ピル」について調べました。最初から、えっ!「第三世代ピル」?「リプロヘルス」?の連続でした。毎日新聞社の「全国家族計画世論調査」、厚労省の母体保護関係報告書などを参考に「ピル」の変遷、普及率、中絶実施率、諸外国事情等読みました。そして、コンドームは男性主導であり、「ピル」は女性主導である。妊娠の是非は女性の手に委ねること、ここが男女平等の要ではないかと。
さらに、性の営みを「快楽の性」の視点のみで、「連帯の性」「生殖の性」の視点が欠落していた自分が恥ずかしい。学びの一日でした。
Posted by ひろし at 2010年02月06日 21:36
マコトニイチャンさん、
勇気をもって読んでくださり、ありがとうございます!
「これぞと思った人以外はダメ!」というのは、男女とも同じだと思います。特別な、大切なコミュニケーションですから。

コビアンさん、
うわあ、「中ピ連」を覚えていらっしゃるとは感激です。

もなママさん、
本当に。男子も女子も、自分と異性の身体と心を知り、よりよき関係を築いてほしいです。

ひろしさん、
感動してコメントを読みました。いろいろな方のヒントや小さな喜びになることが書けたらなぁ、と願っていますが、ひろしさんの素早いレスポンスには、いつも、とても励まされます。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年02月07日 01:17
こんばんは、望まない妊娠、出産、責任をとらないで逃げてしまう男もいて、結果不幸になる母子は多いですね。
日本は北欧などにくらべて、正しい性知識の普及などは遅れています。表に出ない妊娠中絶なども多いといいます。
愛し合う者どうしの本当の意味でのコミュニケーションとしての性を、若い世代に知って欲しいと思います。
Posted by SEMIMARU at 2010年02月07日 22:39
SEMIMARUさん、
心強いコメント、ありがとうございます!
性に関することを口にすること自体、はしたないと思う人も多く、なかなか問題にされにくいのですが、大事なことですものね。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年02月08日 09:21
この半世紀、子孫を残すという視点から性行動が切り離され、人間はあまりにも快楽を追及しすぎ、神の領域にまでずかずかと土足で入り込んできています。
ピルやコンドームで妊娠をコントロールできる、というのは人間の慢心です。
私は30年前に一度アメリカ人から譲ってもらったピルを数日服用したことがあります。ホルモンのバランスを崩し、とても苦しい思いをしました。
自然界を操作することは、(出来たと勘違い)するのであって、わたしたちのずっと後の世代にどういう形でつけが回ってくるか、不安です。
Posted by ぷありりれふあ at 2010年02月09日 19:29
ぷありりれふあさん、
ご意見くださって、どうもありがとうございます。人間にとっての「自然」ということ、大切に考え続けたいと思います。でも、いろいろな分野で、セカンドベストとしての科学技術は利用するしかないのでは…と考えています。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年02月10日 10:00
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