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古楽器をわわしき今に響かせて少し苦しきピリオド奏法
私の所有物の中で一番珍しいものは、この楽器ではないかと思う。
「レベック」とか「レベッカ」と呼ばれる三弦の弦楽器で、主に15世紀から16世紀にかけてヨーロッパで使われたものという。バイオリンのように板を組み合わせるのではなく、一本の木を削って作られているのが特徴だ。日本語のWikipediaでは、ちょっとしか説明がないが、英語のWikiにはだいぶ詳しく載っている(http://en.wikipedia.org/wiki/Rebec)。いまのバイオリンのように顎にはさんで弾いてもいいらしいが、縦に抱くようにして弾いた絵もある。
もちろん私の楽器は、そんな昔に作られたものではなく、十数年前に友人というか、高校時代の先輩が作ったものである。今は音信不通になってしまったが、その人は当時、楽器工房で働いていた。何の機会だったのか再会した際、たまたま見せてもらった楽器の美しさに惹かれ、弦楽器を教わった経験もないのに購入した。
以来、楽器にはとてもかわいそうなことだったが、押入にしまい込んでこの春に至っていたのだ。何しろ仕事が忙しかったし、心の余裕もなかった。今回の十数年ぶりの引っ越しで、この楽器を取り出すこととなり、「ああ! これはいけない」と胸が痛くなった。1本の弦は切れているし、弦を保持するコマが失われている。
そこで、1か月前、思い切ってお茶の水にあるクロサワバイオリンに持って行った。こんな楽器を直してくれるかしら、と心配だったが、それは杞憂だった。イタリアから来ているというバイオリン職人のトマゾ・プンテッリさんが、にこにこしながら「わぁ、きれいな楽器ですね」と修理を引き受けてくださった。
私ときたら、大好きだった先輩から買ったのに、この楽器の名前をきれいさっぱり忘れていて、プンテッリさんに「これ、何ていう楽器でしたかね」と訊ねられても答えられなかった。プンテッリさんはしばらく工房に引っ込んでいたが、戻ってきて「そうそう、レベッカというんでしたね。本物を見るのは初めてです」と言った。私は長年忘れていたその名を聞いて、胸がじーんとしてしまった。プンテッリさんは1974年生まれだが、バイオリン職人の彼でも見たことがない古楽器なのか、という感慨もあった。
先日、お茶の水へに行き、弦を張り替えコマを取り付けたレベッカとめでたく再会した。嬉しかった。
「古楽器」の歌をつくったとき、私の頭には、自分の持っている珍しい楽器のことなぞ浮かばなかった。最近注目されている「ピリオド奏法」について詠いたかっただけである。今回の修理の件で自分の歌を思い出し、とても不思議な気持ちになった。子供用のバイオリンよりも小振りなこの楽器は、そんなに大きな音は出ない。かそけき音、という感じでもないが、ちょっと線の細い響きである。
短歌は古楽器に似ているのかな、と思う。たぶん、かつてのようにメジャーになることは、もうないだろう。けれども、その精妙な音色、響きを愛する人はいつの時代にも必ずいるし、この楽器にしか表現できないものがあると信じたい。「わわしき今」であればあるほど、きっと必要な音楽なのだ。
☆松村由利子歌集『大女伝説』(短歌研究社・2010年5月、2625円)
でも、爪弾いて「あーいい音だな」と思っている瞬間が最高ですね。
楽器というものは、手をかけなければいけないのが、いいところなのかもしれません。人と同じですね!
琵琶に似てます。
きっと哀愁に満ちた、風情ある音色を出すのでしょう。
毎日新聞「ひと」欄を拝見しました。
小さなことにも驚き感動することは、とても大切ですね。
きっとギターとかも上手いんだろうな〜
本当に琵琶に似ていますね! この曲線にとても惹かれました。
「ひと」欄を読んでくださって、ありがとうございます。照れてしまいます。
中村ケンジさん、
いえいえ、ギターも弾けないんです。これから独学でこのレベッカに挑戦するつもりですが、うまく行くでしょうか……。
このネタだけで長編小説が書けそうですね。でも、そこを三十一文字におさめる手腕もまたみごと。
レベッカの歌、楽しみにしています!
さすがに楽器の存在を忘れたことはなく、「うーん、あれどうしよう……」と気にはしていました。でも、忘れていたことにすると、確かにファンタジーみたいなものが書けそうです!
どんな音色がする楽器なのでしょうか、
とても興味があります。
ただ、「少し苦しきピリオド奏法」というのは、
なんだかわかるような気がします^^
音自体はバイオリンに似ています。時々さわって、弾けるようになりたいと思いますが、心もとないです。
コビアンさん、
まあ、新緑の公園で二胡を弾く女性!
すてきな光景ですね。