2010年09月24日

光森裕樹さんの歌集

『鈴を産むひばり』

DSCN0142.JPG

 秋の澄んだ大気を思わせる歌集である。抒情はあくまでも透明であり、全体にヨーロッパ的な雰囲気と昭和のノスタルジーが混ざったような不思議なテイストが漂う。

  ポケットに銀貨があれば海を買ふつもりで歩く祭りのゆふべ
  嗚呼秋はひつつきむしの形して取つてあげるよセーターの秋


 繊細でありながら、伸びやかな詠いぶりが実に魅力的だ。1首目は「銀貨」が効いている。「祭り」は日本のどこでも見られる夜店の並んでいる風景のようだが、「銀貨」があるために別の時空とつながった感じを受ける。2首目は季節感たっぷりに、近しい間柄の2人の姿が描かれ、じんわりとした味わいがある。
 はっとさせられる発見というか作者ならではの見立てが多いことも、この歌集の魅力である。

  ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス
  てのひらに受けとめるたび此の星と密度等しき林檎とおもふ
  野におけば掛かる兎もあるだらう手帳のリングを開いては閉づ
  泳ぐとき影と離れるからだかなバサロキックでめざす大空


 横断歩道を挟んで人々が赤信号で向かい合う風景が、こんなにも鮮やかに捉えられているとは! 小さく見える人々は、映画「第三の男」の観覧車のシーンを思わせたりもするのだが、この作者のまなざしはもっとあたたかい。2首目の見立ては、小さなものから大きなものへと移る視点のダイナミズムが見事だ。かと思えば、3首目の何と愛らしい残酷さだろう。思わず、長年使っているシステム手帳を開いてしまった。4首目は、常に自分の影と離れることのできない人間も、泳ぐときに影から離れ、あたかも空を飛んでいるようだ、という楽しい歌。
 この作者はものごとを静かに見つめる。決して、さまざまな世の出来事に動かされない。そういう視線でなければ発見できない事柄が、世界にはたくさんあるのではないかと思う。

  乾びたるベンチに思ふものごころつくまで誰が吾なりしかと
  ものごころ躰に注がれゆく音を土鳩のこゑとして聞いてゐた


 幼年期というものの不思議、自我の芽生える以前の時間を見つめた佳品である。また、この作者の最も本質的な抒情が表現されている歌ではないかと感じる。
 少しばかり怖い歌も並ぶ。

  ドアに鍵強くさしこむこの深さ人ならば死に至るふかさか
  内側よりとびらをたたく音のして百葉箱をながく怖れき
  静電気おそれてわれが開かざる万の扉のノブのぎんいろ


読者を楽しませる術をよく知っている人でもあるのだな、と感心する。思いがけない表現でびっくりさせるけれども、あざとさがない。
 
 −−これはなに
 此れは貝殻
 −−それはなに
 其れも貝殻、みんなかひがら


 貝殻は美しくもあるけれど、壊れやすくて儚いものだ。過ぎてしまった歳月や失った夢や恋人、そんなものすべてが「其れも貝殻、みんなかひがら」なのではないか。心地よいリズムに身をまかせながら、甘い痛みを覚える。
 リフレインが多いのは、言葉の響きをこよなく愛する作者だからだろう。三十一文字に意味を詰め込み過ぎることは決してしない。また、過度の感情も盛り込まれることがない。「ヨーロッパ的な雰囲気」という印象は、抒情が湿っぽくなく、抑制が利いているからかもしれない。何というか、crisp と表現したいような空気を感じさせるのだ。
 秋の夜長にじっくりと時間をかけて楽しみたい歌集である。

☆光森裕樹歌集『鈴を産むひばり』(2010年8月、港の人・発行)
posted by まつむらゆりこ at 09:09| Comment(12) | TrackBack(0) | 歌集・句集の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おもしろいですね。ヨーロッパ的というより絵画的☆
ピカソの絵みたい。こんな見方もあるよ、ってビジュアルで見せてもらっているかのよう。
あ、ピカソということは、やっぱりヨーロッパ的なんですね(笑)。
いずれにしても、ほんとうにエキゾチックで素敵です。
ゆりこさんの解説のおかげで、今までご縁がなかった『歌』というものが、だんだん楽しく身近なものに思えてきています☆
Posted by もなママ at 2010年09月24日 18:39
もなママさん、
とても嬉しいコメント、ありがとうございます。
歌集を書店で見かけることはあまりないと思います。私のお薦めの1冊に興味をもっていただければ、何よりの喜びです。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年09月24日 19:23
さすが角川短歌受賞者の作品ですね〜どれも高度です。
先日、京都でユトリロの絵を見に行ったけど良かったです。どんどんインスピレーションがわいてきました。

・・・ところで新聞って何取ってますか?
もし沖縄タイムスだったら要注目です。
先日、電話取材を受けたので近日中に掲載されると思います。くわしい内容はまだヒミツですが短歌に関する事です。では・・・
Posted by 中村ケンジ at 2010年09月24日 22:53
中村ケンジさん、
「高度」というか丁寧に作られている感じで、一首ごとのたゆたいが長い印象を抱きました。
新聞は「八重山毎日」なんですよ〜。沖縄タイムス、帰ったら図書館に行って読みますね(まだ東京に滞在中です……)。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年09月25日 10:12
少し体調が悪かったものですから、朝方まで「行くのやめようかな」そう思ってましたけど、やっぱり行きました、今日の講演会。後半の子どもにまつわる話の部分が特に良かったです。

歌人のひとって皆、気難しいのかな?と勝手に思い込んでましたけど、そういうイメージとは全然違ってました。ファッションセンスも決まってましたよ(笑)一言も挨拶しないで帰ってすいませんでした。意外にシャイなものでして(汗)今日は素敵なお話をどうもありがとうございました。
Posted by tokoro-11 at 2010年09月26日 16:34
tokoro-11さん、
体調がすぐれないのに聴きに来てくださった由、本当にありがとうございました。帰りは大丈夫でしたか?
少しでも楽しんでいただけたらならよかったです!(まだまだ人前で話すのは苦手です)どうぞこれからもよろしくお願いします。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年09月26日 22:03
↑私も行ってまいりました。ブルーのスカーフが素敵でした♪
三ケ島葭子さんについて何も知らなかったのに、とても楽しく、2時間あっというまの講演でした。おつかれさまでした!!
Posted by Lucy at 2010年09月26日 22:06
Lucyさん、
本当にありがとうございます(それにしても、お話し忘れたことが多かった…)。
少しでも葭子の歌の魅力が伝わったなら嬉しい限りです!
Posted by まつむらゆりこ at 2010年09月27日 09:28
講演、お疲れ様でした。
もう沖縄に到着しました?

以前、話をした私の歌集ですが完成したので今夜郵送しました。自分の手で編集・印刷して仕上げた完全オリジナル本です。沖縄詠特集ですので読んで感想を聞かせてもらえると幸いです。
Posted by 中村ケンジ at 2010年09月27日 19:09
中村ケンジさん、
昨日(27日)夕方に戻ってきました。オリジナル本を送ってくださったとのこと、ありがとうございます。届くのを楽しみにしています!
Posted by まつむらゆりこ at 2010年09月28日 08:10
私も行って来ました。良く通るすずやかな声でとても素敵でしたよ。よくあれだけ調べ物をしましたね。下準備が大変だったでしょう。(笑)
Posted by コビアン at 2010年09月28日 10:11
コビアンさん、
本当にありがとうございます!
いろいろ調べたのに、半分も話すことができませんでした(泣)。やっぱりあがっちゃってるんでしょうね。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年09月28日 12:00
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