2010年10月01日

葉書

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 いちまいの葉書きを君に書くための旅かもしれぬ旅をつづける
                           俵 万智


 楽しく本を読んでいるときにも誤植が気になってしまうのは、性格の悪さだろうか。はたまた前職の名残だろうか。
 たぶん性格が悪いのだ。おまけに、数十回に一回ほど、出版社宛てに「既にお気づきかもしれませんが、この本の〇ページ〇行目に、こんな誤植がありました」と葉書を出す癖がある。
 白水社のある本について誤植を指摘した際には、恐縮してしまった。非常に丁重な返信が届いたうえ、お礼(?)に隔月刊の「出版ダイジェスト・白水社の本棚」が毎号送られるようになったのである。数年間ありがたく読んできたが、あまりにも申しわけないと思い、今春引っ越したのを機に他社の情報も含めた「出版ダイジェスト」の定期購読を申し込んだ。
 そして、今年7月。買ったばかりの岩波現代文庫『オノマトピア 擬音語大国にっぽん考』を読んでいた私は、「いかん、いかーん!」とペンに手を伸ばした。岡本かの子の「句集『欲身』」という箇所が許せなかったのである。
 「歌集『浴身』」ではないでしょうか」という葉書を出してひと月ほど経ったころだろうか。一通の封書を受け取った。知らない人からである。「先日は誤植のご指摘ありがとうございました」……。なんと『オノマトピア』の著者、桜井順さんからの手紙だった。
 ワープロの変換ミスだったことなどを詫びる文章の最後に、「拙著をご購入いただいたキッカケは何でしょうか?教えていただければ幸いです」とあったので、慌てて返信をしたためた。
 調べてみると、桜井さんは有名なCM作曲家(「富士フイルム・お正月を写そう」「石丸電気の歌」など多数!)で、歌謡曲や子どものための歌も作曲していられる。返信の返信として送られてきた私家版CDは、俵万智歌集『チョコレート革命』の43首に曲をつけたもので、ピアノと女性ボーカルによる素晴らしい作品である。私はすっかり感激してしまった。
 そして、再び桜井さんのことを調べてみると、「とんでったバナナ」「ツッピンとびうお」の作曲者であることが分かり、大きな衝撃を受けた。というのも、この2曲は幼稚園児だった私が、当時最も愛する歌だったのだ。今も歌えるし、名曲だと思う。
 わが悪癖も時に思いもよらぬ出会いをもたらす。一枚の葉書から世界がこんなに広がり、幼年時代と現在が円環のようにつながるとは。
 ひとつだけ言いわけしておくと、私が誤植を指摘するのは、その本がものすごくいいものであるとき、その出版社をとても信頼している場合に限られる。『オノマトピア』は、古事記の「コヲロコヲロ」から石川啄木の「たんたらたら」、三橋鷹女の「きしきし」まで、実に幅広く取り上げた楽しい一冊である。

 ☆俵万智『もうひとつの恋』(1989年5月、角川書店)


posted by まつむらゆりこ at 06:59| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 美人歌人にこのような癖があるとは、今のいままで存じませんでした。小生、愛情があれば間違いは防げると考えている大馬鹿者ですが、人間は間違うもの。一人の目より多数の目で愛情をもって活字を見ることが必要ですよね。今月号でも致命傷ではないものの間違いが判明、愛が足りないと反省した次第です。
Posted by 冷奴 at 2010年10月01日 11:28
松村さんの性格が悪いというよりも、
詩人や歌人の方というのは、無意識に言葉(日本語)を
大切にする習性があるのだと思いますよ(笑)

↑の俵万智さんの、この短歌はとても懐かしいです。
それまで縁遠かった「短歌」というものを、
こんな自分でも書けるかな?下手でも書いてみようか?
当時、そんなふうに感じたことを、ふと思い出しました。
Posted by tokoro-11 at 2010年10月01日 18:05
冷奴さん、
読者の愛と信じて、これからも出版社へ葉書を送り続けます!(おいおい……)

tokoro-11さん、
取りようによってはイヤな習性ではないかと省みております。
俵さんの歌を懐かしんでくださって嬉しいです! この歌の「旅」は人生と読んでもいいのかもしれません。私も好きな一首です。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月01日 19:27
本を読んでると、誤植もそうですが、事実と明らかに異なる記述を見つけることがあります。しかし手紙など出す勇気?はありませんでした。
出たばかりの本だったら新しい版を出すときに訂正できるので、言ったほうが親切なのでしょうが。
はじめてそういうのを見つけたのは、子どもの頃持っていた某有名鉄道写真家のSL写真の本で「A線のB駅とC駅間はすでに電化されている」という記述が気になったので、別の本で調べてみると誤りであることがわかりました(BC間は2010年現在でも電化されてない)
作者の勘違いと思われますが、原稿とゲラはあっていたので、校閲などではわからなかったのでしょう。思い切ってお手紙でも出してみればよかったかなー?
Posted by SEMIMARU at 2010年10月01日 19:45
一枚のハガキでいろんな出会いがあるんですね〜

私の作品に誤植があったら遠慮なくメールして下さい。
ちなみに「ビーチパーリィー」は普天間なまりなので正解です。本土の人に説明するのに大変だった。
Posted by 中村ケンジ at 2010年10月01日 20:04
ハッピーエンドでよかったですね(笑)
ということは、貴女的には性格が「良い」ということですよ。
たぶん、由利子さんの「指摘」には、無意識の「相手への愛情」が入っているので、相手が良い反応をしてくれるのですよ。

私も、見た目と異なるところがあるようですが、心がけていることがあります。「心で思ったことを8割の感じでアウトプットする」ということ。

貴女に当てはめたら、具体的に指摘するという行動も、「イラッチー」の8割程度で行動に移しているのかもしれませんね?
Posted by ErwinRommel at 2010年10月02日 06:40
SEMIMARUさん、
SLの本の間違い、指摘してあげたら喜ばれたと思います。人間の記憶は頼りないものだということを、ものを書くようになってつくづく思います。私も出版社の校閲の方には本当にお世話になっています!

中村ケンジさん、
ビーチパーリィー(beach party)、知ってますよ〜。私も沖縄県人だもの、一応。
ご著書をどうもありがとうございました。感想はお手紙で!

Rommelさん、
愛情は形にして表現しないと相手に伝わりませんものね。特に男性は表に出さないので損をしていると思います。もっと感情を言葉や表情で表わしてほしいといつも(!)思っています。

Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月02日 07:42
私も由利子さんの意見に大賛成です。本として公に出る以上間違ってはいけないものがあると思います。流石、由利子さん鋭かったですね。私も大昔、会社の会議のタイプを打つ時絶対間違ってはいけないものは『役職と名前』でした。
先日は丁寧なお手紙ありがとうございました。
Posted by コビアン at 2010年10月02日 18:40
>誤植を指摘するのは、その本がものすごくいいものであるとき、その出版社をとても信頼している場合に限られる

とーってもよくわかります。言葉を愛すればからこそ気づいたことを、時間と労力と通信費をかけて指摘するのですもの。その気持ちが通じない相手には言わないですよね。そしてそれが通じる著者や出版社は、必ずや由利子さんに感謝するにちがいありません☆

ところで、うちに可愛いハガキがたくさんあるから今度あげますね。お手紙ちょうだいね♪
官製はがきではないから切手はついていないけど…。
Posted by もなママ at 2010年10月03日 21:58
コビアンさん、
おお、「役職と名前」!
新聞社では「数字と固有名詞」でしたよ。
「会議のタイプ」という言葉にもしみじみした感慨を抱きました。タイプライター、私も打ってました〜

もなママさん、
いえいえ、少なからずお節介だとは思うのですが……。
可愛いハガキ、大好きです! またお便りします。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月04日 07:58
私が歌集出すとき、校正を松村さんにお願いしようかな。
>誤植を指摘するのは、その本がものすごくいいものであるとき
に該当しないかな。

重方歌集は
トイレの花子
「出るぞ出るぞ」と
未だ出ぬ
Posted by 重方 at 2010年10月04日 23:02
重方さん、
あなたの歌集は、きっと「ものすごくいい本」になるに決まってます。
タイミング(当方の仕事の込み具合)さえ合えば、喜んでお手伝いします。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月05日 09:42
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