2010年10月15日

仕事は断るな

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  フリーランスの名刺を持ちて取材する他流試合のごとき興奮

 「仕事は断るな」と言われる。特にフリーランスの先輩からは、「フリーの人間にとっては鉄則」とアドバイスされる。
 実は会社員時代、特に中間管理職だったころは、部下や同僚に頼むのが苦手で、「自分でやった方が早い」とばかりに抱え込むことが多かった。そして、一人で忙しくなって一人できりきりと不機嫌になって――という具合に、全くダメな上司の典型だった。
 このときの苦い経験があるので、フリーになってからは極力マイペースを守ろうと思った。手に余る仕事は引き受けない。できないことは、できないと断る……しかし、待っていても自分のやりたい仕事は来ないし、選り好みなどできないのがフリーという身分なのであった。
 「仕事は断るな」というのは、誰か自分に仕事を依頼してきた人がいる、ということだ。一応は私を見込んでくれた、あるいは頼ってくれたという、ありがたい状況なのである。よほどの事情がなければ、受けて立たなくてはダメだ。何より、限界と思う以上の仕事をすることは、自分を大きくするチャンスである。「そういう仕事はやったことがない」「それは苦手な分野だから」など、言いわけはいくらでもできる。でも、そこを何とか乗り越えれば、新たな地平が広がる。
 私の場合、人前で話すのがとても苦手なのだが、授業や講演の仕事を引き受けているうちに少しずつ楽しくなってきた。そして、原稿を書いたり短歌をつくったりするときには気づかなかった言葉の不思議さについて考えるようにもなった。話す内容を前もって準備するのは最低限のことなのだが、用意した言葉だけでは人を引き付けることができない。話しながら教室や会場の雰囲気、自分の感情の流れを注意深くつかみ、その場で心に浮かんだことを話すと、聞いている人の気持ちがぐんと集中するということを何度か経験した。
 言葉は生きている。特に話し言葉は、語り手の生き生きとした感情や表情が大切だ。周到に作られた講義ノートだけでは人に伝わらないのだという発見は、短歌を作るうえでも大きなヒントになる。豊かな感情の発露がなければ、どんな一首も人に届かないのだと改めて思う。
 仕事というものは、対価だけで測れるものではない。自分に負荷をかけることで、対価以上のものが必ず返ってくる。組織の中にいるとき、このことを理解していたら、後輩たちにうまく仕事を配分できたかもしれないなぁ、と残念に思い返したりもするのである。

☆松村由利子歌集『大女伝説』(2010年5月、短歌研究社)
posted by まつむらゆりこ at 10:15| Comment(13) | TrackBack(0) | 働く女たちへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 断らないことに加え、もう一つ。中身は問わないが、締め切りと分量は守るというのがあるそうです。まぁ、原稿などを書く側はもっといい内容と思いがちですが、そんなにひどい内容にはなるはずもありません。どんなに素晴らしい原稿でも締め切り後では、船はもう出てしまっています。
Posted by 冷奴 at 2010年10月15日 11:11
冷奴さん、
おお、それも鉄則ですね。小心者の私は、締め切りだけは守ってきたつもりです。ともかく船に乗ることが大事なんですねえ。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月15日 17:37
昨今の世知辛い世の中で、
仕事の依頼があるってこと自体、
本当に「ありがたいこと」だとしみじみ思います。

今の時代、どんな業界でも、
仕事を選べるひとなんて、ほんの一握り。
思わずトホホ・・・、と我が身を振り返る(笑)

また、こちらの方で講演がある際には、
愉しみにしております。
Posted by tokoro-11 at 2010年10月15日 17:50
言葉って大切ですね。一言によって良くも悪しくも、その人の人生が変わってしまう程の重みがありますよね。
めんこさんの「つぶやき」毎回読ませてもらっていますが。石垣の様子が手に取るようにわかり、その表現力にいつも感心しています。これが無料で読めるなんて何かもったい気持ちです。
Posted by コビアン at 2010年10月15日 18:45
tokoro-11さん、
本当に仕事が来ること自体、ありがたいと思います。自分のベストを尽くさなければ!!
所沢市の講演に、もしかして来てくださっていたのですか? 次の機会には、ぜひお声をかけてくださいね。

コビアンさん、
言葉って生きているし、どんなに短くても自分が表れてしまうのが不思議です。ところで、コビアンさんもツイッターなさっているのですか?! うわぁ、気づかなかったです。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月15日 21:27
フリー・・・うらやましいコトバです。

先日、私の住む草津に馬場あき子氏が講演にいらっしゃったけど、とても良かった。

私も馬場氏のように、いつかは短歌の講演で全国を飛び回るような活躍をしたいと思った。
Posted by 中村ケンジ at 2010年10月15日 22:15
「仕事を断る」なんて言葉があるんだ(笑)。その発想すらなかった私…

でも、生きてるうちに一度くらいは「お受けしようかしら。どうしようかな」なんて言ってみたいものです。


そういえば、プロポーズを断るという発想もなかったなあ。要は選択肢のない人生です(爆)。
Posted by ロールパン・ママ at 2010年10月15日 22:52
松村さんの講演のように多くの人の前で話すことはありませんが、社内の研修の講師として、5〜6人を相手に数ヶ月に一度、2時間ほど話をする機会があります。
同じ資料で同じ内容を説明するのですが、聞く人の反応を見ながら、何を強調して説明し、何を省略するかは毎回変わります。
同じ会社の中でも、都度、聞く人たちのこれまでの経験も、興味の対象もそれぞれちがうので。

松村さんの講演は、ほとんどが一発勝負でしょうから大変だとは思いますし、講演を遮って質問があるということも少ないと思うので、聴衆の反応を知ることはすごく難しいと思いますが、「話しながら教室や会場の雰囲気、自分の感情の流れを注意深くつかみ、その場で心に浮かんだことを話す」という対話の姿勢が大切なのだろうと思います。

あと、私の経験では、長い話を関心をそらさずに聞いてもらうのには、黒板やホワイトボードに用意して、時々、キーワードを書いて強調したり、言いたいことを図解して示すと、効果があります。

来春の平塚らいてう賞のレポートは、時間が許せばぜひ拝聴しようと思っています。
Posted by 拓庵 at 2010年10月16日 03:02
中村ケンジさん、
「フリー」もいろいろ不自由なんですけれどね!

ロールパン・ママさん、
「求婚は断るな」?! いえいえ、まさか。でも、仕事も結婚も出会いですね。

拓庵さん、
同じ資料で同じ内容を説明するのでも…という話、「ああ、やっぱり!」と思いました。講演は一方的な伝達ではなく、「対話の姿勢」が大事なんだと改めて思いました。ありがとうございます。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月16日 09:00
子どものころ、周囲の大人(農民や自営業者が多かった)が「サラリーマンはいいな、体だけ運んで行けば毎月決まった収入があって」とよく言ってました(現実はそうお気楽ではないけど)。
フリーランスというのは、極端なことをいえば、お仕事がないとお金にならない、という世界ですよね。
そういう世界に飛び込むのは、とても勇気がいると思います。でも自分の意思で仕事ができるということはいいことです。
うーん、どっちがいいんだろう?
Posted by SEMIMARU at 2010年10月16日 21:23
SEMIMARUさん、
サラリーマンもフリーも、それぞれ大変です。働くということは、やっぱり時間の切り売りではないのだとつくづく思います。向き不向きもあるでしょうね。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月16日 22:13
ご無沙汰しています。
こうづです!
石垣の海ですか?キレイだわ〜♪
今日、出版社のK女史に会ったら春に
まつむらさんに会ったと!!
お〜〜!上京していたのね。
一応PCアドにもメールしてみたので
読んでね。
私もはちゃめちゃだけど
ブログ始めているの。
しかも、詩なんて書いちゃっています。
ホームページアドレスに記載したのがそれです!
お時間がある時に…。
今度上京の際は、ぜひ連絡くださいね。
お元気そうで何よりです。
Posted by こうづ at 2010年10月21日 17:27
こうづさん、
おー、そちらもお元気そうですね。
しかも新しいビジネスを始めたとは!
素晴らしい、の一言に尽きます。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年10月21日 17:57
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