2010年11月05日

ピアノ

1105ピアノ.jpg

  切り揃ふ爪でなければ気が済まずピアノを遠く離れたいまも
                       松本 典子


 ネイルアートを美しく施した女性を見ると「素敵だなあ」と思うけれど、自分には絶対無理だと思う。私も、この歌の作者と同じように、爪を短く切り揃えていないと気が済まないたちなのだ。だいたい0.5ミリくらいになると切ってしまう。
 爪が伸びると気になってしまうのは、最初にピアノを習ったとき、指先で鍵盤にタッチするスタイルをよしとする先生についたからかもしれない。この弾き方だと、ちょっと爪が伸びると鍵盤と触れあってカチカチいうので、どうしたって気になってしまうのだ。
 ピアニストであり、優れた文筆家でもある青柳いづみこのエッセイ集『ピアニストは指先で考える』(中央公論新社)の冒頭は、「曲げた指、のばした指」と題した一篇だ。音大の学生やピアノ講座の受講生に、どちらのスタイルで習ったかを訊ねると、「のばした指3:2曲げた指」くらいの割合だという。手を鍵盤にのせたとき、「手のなかに卵が入っているような形にしなさい」と教わった私は、紛れもない「曲げた指」派である。
 青柳氏も指摘しているが、バッハやベートーヴェンを弾く分には、「曲げた指」はクリアな音が出しやすくてよい。ところがドビュッシーやショパンを弾くときには、断然「のばした指」の方が弾きやすい。広い音域を素早く移動するパッセージや1オクターブ以上の分散和音をなめらかに弾こうとすると、「曲げた指」では追いつかないし、音質も指の腹で鍵盤をタッチする「のばした指」の方がやわらかくなる。
 子どものころに楽器を習ったのに、大人になってからは遠ざかってしまったという人は多い。ピアノのような比較的ポピュラーな楽器でもそうだと思う。この歌の作者は、そのことを寂しく思っている。下の句のしんみりした思いに共感する人は少なくないだろう。私もずっとピアノと疎遠の生活だったが、今春引っ越してから少しずつ触れるようになった。弾いている音はまだまだ音楽にはほど遠いが、楽譜を見て指を動かし、耳で音を確かめるという作業は、脳のトレーニングのようで楽しい。
 この歌の作者も、いつかピアノが再開できますように。

☆松本典子歌集『ひといろに染まれ』(2010年11月、角川書店)
posted by まつむらゆりこ at 07:24| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 私もピアノを毎日弾いていた頃、爪は週に3回くらい切っていました! 理由は同じ。そして、深爪をしてしまってもピアノを弾くのに支障が出るためです。
 私も、多くの例にもれず中学生で陸上競技を始めて以来ピアノからは遠ざかってしまいましたが、今でもクラシック音楽が大好きです。今年、うちの研究室にバイオリンを弾く後輩が入ってきたので、昨日もバイオリンを弾かせてもらっていましたよ(笑)
 27才にしてバイオリンデビューです♪
Posted by U-runner at 2010年11月05日 07:37
U-runnerさん、
おお、こんなところにも仲間が!!
そして新たな楽器に挑戦中とは素敵です。いいなあ、バイオリン。私もチェロが弾いてみたいと思うこの頃です。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年11月05日 07:46
 おお、ここで「いづみこ」の名前をみるとは。彼女は小生の中学時代の同級生で、世の中に出るのは一番早いのではと当時から思われていました。最近では文筆の世界にも進出、小説まで書いたらしい。あの鬼の大松にしごかれていた東京オリンピックの女子バレーの選手がこればっかりはと、爪を伸ばしていたことを知り、いろいろな情念があるものだと思いました。
Posted by 冷奴 at 2010年11月05日 10:46
冷奴さん、
素敵な同級生がいらっしゃるんですね!
ピアニズムに関する青柳さんの表現は、本当に素晴らしいです。

女子バレーの選手、爪を伸ばしてたんですか? ちょっとコワイなあ、傷めそう……。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年11月05日 15:09
そういえば、ようやく受験勉強に身を入れ始めた三女、ここのところピアノからも遠ざかっています。ちょっと前までは「ちょっと休憩」と言ってはぽろぽろと弾いていたものだったのに。
入試が終わったらまた弾いてくれるかな。家事をしながら娘のピアノの音を聞くのがどんなに幸せな時間か再認識しているこのごろです。
私もせっかく父にピアノを買ってもらったのだから、もう少し続けておけばよかった。
Posted by もなママ at 2010年11月05日 17:56
毎週ここに来るのがよい習慣になりました。今日の東京は快晴でした!そちらはいかがですか?
私もこれでも、ピアノを習っていて爪は短く切っていたわ。しかも、禁止されていたバレーボール部にも入り、先生にナイショでやっていたら、後輩が、同じ先生に習い始め、バラされて、片身が狭かったな〜。
今はその反動か、ガンガン、ネイル楽しんでいます。松村さんは、ネイルなイメージないわぁ〜。清潔感いっぱいで!
Posted by つよこ at 2010年11月05日 18:02
もなママさん、
きっと受験が終われば、またピアノを弾きたくなりますよ。もなママさんも、おうちにピアノがあるのだから、ぜひぜひ再開を!

つよこさん、
東京は寒いみたいですね。私はやっと長袖に移行しましたが、相変わらず裸足です。
それにしても、ピアノの先生に隠れてバレーボール……青春っぽいです〜。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年11月05日 18:27
ピアノひいたコトが無いので爪のコトは知らなかったです。
それのしても松村さんの幅広い知識力はスゴイと思います。

ところで明後日は京都ですね〜
明日、来られるのですか?
こっちは急に寒くなったので、関空到着後に風邪をひかないように祈っています。
Posted by 中村ケンジ at 2010年11月05日 20:16
中村ケンジさん、
いよいよ7日はシンポジウム!
前日の6日は大阪に泊まります(京都の宿が取れなくて〜)。
お会いできるのを楽しみにしています。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年11月05日 21:11
一説によると日本には約100万台の「休眠ピアノ」があるそうです。よく「ピアノ売ってちようだい」というCМもあります。

それだけの「夢」が眠っているんですね。
Posted by SEMIMARU at 2010年11月10日 19:00
SEMIMARUさん、
100万台ものピアノがさみしく眠っているなんて、悲しくなりますね。それを「夢」と表現なさった優しさに、じーんとしました。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年11月12日 09:52
はじめまして。短歌に惹かれて読んでいると、なんと、ピアノのことも!勇気を奮い起こして一筆書き込んでみたくなりました。
本当に,人様の長い爪を見ると、座りなおしたくなったりして困ります。大概の方は寸の詰まった私の丸い指先に決して賞賛の言葉はいただけません。「丸い」だの「深爪」だのと。

私も、丸くなりたい指になやまされています。第一関節をキーに触れるようにと自分に言い聞かせていますけど。昔のピアノの先生たちに教え込まれたことがこの年になってもまだ耳に残っています。ホロビッツの指に爪がどのくらい生えていたかご存知の方いらっしゃるかしら。
Posted by ジュピター at 2010年11月23日 14:09
ジュピターさん、
はじめまして!私もホント、長い爪の人はアウトなんですよ。ピアニスト以外で短いのは外科医、お寿司屋さんや料理研究家…くらいかな?
それにしても「第一関節をキーに」と心がけるべきなんですね!ホロヴィッツの爪のことは私も知りません。どれくらい伸ばしていたのかしらん。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年11月23日 16:47
パリで業のためにピアノ教師をしている私は、曲がった指と伸ばした指と両方できるように子ども等に教えてます。そうじゃないと、ドビュッシーやラヴェルを弾けないので当然です。

中村紘子氏が「ピアニストという蛮族がいる」という本をその昔出しましたが、まさにその通り、音楽家は日雇いの肉体労働者ですから!
Posted by つた姫 at 2010年12月10日 07:04
つた姫さん、
曲がった指、伸ばした指、両方を教えていらっしゃるとのこと、うーん、素晴らしい!
「音楽家は日雇いの肉体労働者」という潔い表現に、芸術を目指す自負を感じました。もの書きも取材に飛び回りますから、同じようなものかもしれません。お互い頑張りましょう。
Posted by まつむらゆりこ at 2010年12月10日 08:04
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