お名前何とおっしゃいましたっけと言われ斉藤としては斉藤とする
斉藤斎藤
今月7日、京都で開かれたシンポジウム「ゼロ年代の短歌を振り返る」の」パネルディスカッションに参加した。非常に盛りだくさんで、刺激的な内容だった。
しかし、このシンポジウムのことはさておき、その後に私がとてもショックを受けたのは、「人の顔」に関する自分の認識力、記憶力があまりにも弱いことである。つまり、シンポの始まる前に、あいさつを交わして名乗り合ったにもかかわらず、その後の懇親会で「お名前、何とおっしゃいますか」なんて言ってしまい、激しい自己嫌悪に陥った。
相貌失認かアルツハイマーの初期症状か、という感じである。捜査課の刑事になれないのはもちろんだが、私がもし鹿鳴館時代の社交界にデビューした上流婦人やヒラリー・クリントンのように、一晩のうちに知らない人数十人に会い、それを次の邂逅において見事に活かさなければならない立場だったら、致命的な欠陥になるはずだ。
発達障害についての本を読んでいると、私にはそういう診断を受ける人が自分とあまり変わらないような気がする。ディスレクシア(失読症)も自閉症も、自分とちょっと方向が違うだけだ。人の顔がすぐ覚えられる人にとっては、私のような失敗は信じられないだろう。たぶん、私に二回も「お名前、教えていただけますか?」と訊かれてしまった人だってそう思ったに違いない。でも、本当なのだ。映画「グッド・シェパード」のマット・デイモンをディカプリオと思い込んでいたなんて序の口である。先日もYouTubeで「アメリア 永遠の翼」の予告編を見ていて「あっ、ハリソン・フォード?」と思ったら、リチャード・ギアだった。
今回の失敗で、自分が洋服などを手がかりにして人を認識しているらしいことも分かった。ある人が懇親会の後にコートを羽織っただけで、数時間前にあいさつし合った人と同一人物だと分からなかったのだ。ああ!
逆に私が得意なのは、漢字とか英単語のスペルを覚えることだ。大体ぱっと見て覚えてしまうので、学校の先生が「書いて覚える!」としつこく言うのが不思議でならなかった。多分そのせいだろう、きちんと記憶された人の顔は名前の文字と常にペアとなっていて、めったに間違えることがない。このため、自分が「村松」や「由里子」などに間違われると激怒するという悪い傾向もある。人の顔が記憶できない方がよほど問題なのに、他人の認識について自分を基準に考えてしまっている。
そういうわけで、これからはもっと注意深く人の顔を観察しようと思っているが、引き続き失敗もするに違いない。どうぞ、そのときは「ああ、あの人はそういうたちだから」と許していただきたい。
私が一番恐れるのは、何か重大な犯罪を目撃することである。犯人が「あっ、あの女に顔を見られた!」と目撃者の抹殺を目論むのが何よりもコワい。私はその人が何もしなくても十中八九忘れるのだし、別の服を着てしまえばもう絶対に分からない。どうかそんなことに巻き込まれませんように。
☆斉藤斎藤歌集『渡辺のわたし』(BookPark、2004年7月)



事があります。以前はどんな些細な事でも覚えていたはずなのに、最近は「あれ?何処に・・・」という事が度々あります。やはり、年齢のせいかと思う今日この頃です。
私も人の名前の字の間違いを探すのは得意です。
あの人は千恵子、もう一人は知惠子などとしっかり記憶しています。
人と会って相手の名前が出てこないときや、相手が私の名前を忘れてる気配のときは、まずこちらから名乗るんです。
すると、スムーズに会話は続きます。
私も人の顔を覚えるのが、苦手で申し訳なく思ったことが度々あります。今の私は冷蔵庫の前で、何をしようとしたのか、本当にアルツハイマー状態です。そして嫌な事は比較的覚えているのです。
先日、柏の「ハックルベリーブック」へ行ってきました。ハイセンスで、とても感じの良いご夫婦でした。
年齢もあるでしょうねえ。でも、20代のころから「あれっ、あの人?」と、知らない人を知っている人に見間違えてましたから、やっぱり人の顔の認識が下手なんだと思います。
その節はどうも!えーと、近藤さんは覚えているかと思います(汗)。私も自分が覚えられないので、「こんにちは、松村です!(あなたも名乗ってくだされ〜)」と挨拶することにしています。
コビアンさん、
嫌なことは忘れない、というのは面白いですね。
HucleberryBooksに行ってくださって嬉しいです!私も8日に行ってきたんですよ。ネコの鍋敷き、買っちゃいました。
でも、「忘れる」って、「覚える」ことと同じくらい
本当は素晴らしいことなのかも知れませんよ。
HuckleberryBooks、いいですよね。周りに話すと興味を持ってくれて少し遠くからでも行ってみてくれる人もいるので、喜んでいます。
ところで、人の顔の識別について。昔はもう少し記憶力があったように思うのですが…、最近忘れてしまうことや、識別できないこととが多くなってきました。名刺を交換しただけの人はもちろんのこと、かなり頻繁に会って話しているような学生や事務の方でも、違う場所で会うとわからないということも多いですし、次に会っても前に会ったことすら忘れていることもあります。私の場合は、認知症の始まりかもしれないと、すこし恐れていますが、とても礼儀正しい松村さんでさえそういうこともあるのかと、ちょっとほっと(?)しました。
久しぶりにお会いできて良かったです。
松村さんは他の人よりも出会いが多いし、忙しい方なので忘れてしまうのはしょうがないと思います。あまり気にしないでほしいです。
がんばってください!
忘れることができない、恐ろしく記憶力のいい人がいるそうですね。それはかなりしんどいことだなあと思います。
くららさん、
まさに!いつも会うところと別の場所で会うと分からない、ってあります。本当にお恥ずかしい次第なんです。
冷奴さん、
3000人説というのは、ちょっと救いですね。長年、新聞記者をしてファイルが増えすぎたかも(なーんて!)。
中村ケンジさん、
シンポジウムが終わってからお会いできて、とても嬉しかったです。中村さんはお顔のハンコのおかげもあるけれど、沖縄の方らしいりりしいお顔立ちなので忘れられません!(はぁ、よかった)。
松村さんがそんな特技をもっていたとは・・・。
うらやましいです。
いえいえ、記憶のクセが偏っているだけです。人の顔が覚えられないのはホント、恥ずかしい……。
ゆりこさまのお顔は絶対、忘れないけど、私も最近、お顔とお名前が一致しない確率上昇中(汗)。
京都、いいわね〜。A紙のH女史には会わなかったのかしら?
次回、上京されるときは、ぜひ声かけてね。久しぶりにお目にかかりたいです。
って、これ以上書く必要ないよね(爆)。
たまにはいいこともありますよ。
「認知症になったかも!」と愕然とすることがない、ということです。
H女史には連絡できずじまい…次回こそ!と思っています。東京での再会を目指しましょう。
もなママさん、
着々と進行するわが衰え(すべてにおいて)……同い年の友の存在が年々ありがたみを増すのですね。
ドラマなどを見ていても俳優の名がわからず「ほらほら、あの人あの人」で話が通じてしまいます。
そのくせ、昔のことは細部まで詳しく覚えてたりします。
年をとったのかなあ・・・・
ドラマを見ていて忘れるのは普通です!私の場合は、実際に会って話した人なのですから、重症というか情けないというか…。しかし、記憶のパターンにくせがあるというのは面白いですね。
極端な話ですが、いま食べたばかりのご飯のことはすっかり抜け落ちても、昔のことはつまらないことでもちゃんと覚えているのはどうして?とあるお医者様にうかがったことがあります。その答えは、ご本人の頭の中の皮質が変わったからなんですって。老齢の頭はこの歳の皮質が受け入れるので、子供のころのそれとは全然違うんだそうです。受け入れ態勢までヤハになってくるのかしら、と情けなくなってしまいました。ほんとかしら。いろいろと個人差はあると思いますけど。
それと、昔一遍くらいしか聞いたことがないことでも嫌になるほどよーく耳に残っていることってありません?いいことにつけ、悪いことにつけ。
いまは、さっき話していた、固有名詞がでてこないので、相手に問えば、相手もうなっている・・という有様です。孫の皮質はすごいです。
なるほど〜。新たな記憶をきちんと保管するのは大変なことなんですね。みんな同じだというところが救いです。忘れたい記憶もたくさんありますものね。そういうことに限って覚えていたりするものですが……。