
新宿に赤き帽子を選びおり別の私のための帽子を
草田 照子
石垣島は小さな島だが、おいしいパン屋さんがいくつもある。ここ数年でぐんと増えたようだ。2003年秋から毎年訪れてきたが、初めのころには、あまりパン屋さんを見かけることはなかった。相棒と移住計画を話し合うようになって、私は「引っ越してもいいけど、パン屋さんがないのはさみしいよぉ〜」とごねるほど、パンに執着心があった。
おいしいパン屋さんがなければ自分で開こうか、などという野望も抱いていたのだが、引っ越してきたら、何のことはない、素敵なお店がいくつもあった。その一つが、美しい景観で知られる川平湾の近くにある「南国パン屋 ピナコラーダ」(http://pclkabira.exblog.jp/)である。このお店には、帽子や小物が並べられたコーナーがあって、とても魅了される。お姉さんがパンを焼き、妹さんが帽子を作っているという、かわいいお店である。
最初にパンを買いに行ったときには、帽子のコーナーに惹かれつつ、我慢してパンだけ買って帰った。しかし、次のときには、メロンパンが焼けるのを待つ間、ついに誘惑に負けてベレー帽を注文してしまった。オーダーしても値段は変わらないというのだから、本当に魅力的だ。この帽子屋さんの名前は「couni(コユニ)」(http://couni.ocnk.net/)、ネットで買い物もできます。
この歌の「赤き帽子」を選ぶ作者は、少し元気になりたい気持ちを抱いているようだ。赤い帽子を小粋にかぶった「別の私」は、たぶん現実の自分よりも、ちょっとばかりお茶目で明るいのではないかと思う。帽子には、そんな力がある。
与謝野晶子がパリを訪れたときの詩に、「巴里より葉書の上に」という短い作品がある。
巴里に着いた三日目に
大きい真赤な勺薬を
帽の飾りに付けました。
こんな事して身の末が
どうなるやらと言ひながら。
初めてパリを訪れた興奮が、帽子に真っ赤な飾りに象徴されていると感じる。つば広の帽子をかぶった晶子の写真が、私は大好きである。自信に満ちて、美しい。
帽子をかぶる歓びというものは、確かに存在する。
☆草田照子歌集『天の魚』(本阿弥書店、1992年10月)
いえいえ、夏は日よけでしょうが、冬はおしゃれの帽子。寒い東京にも仕事で行きますから。
注文したベレーはベージュで、一部に雪の模様の入った布地をあしらったもの。楽しみです♪
パリに着いた三日目に、という表現が
なんとも素敵ですよね!
私もパンには執着があって、メーカー品でない、自家製ベーカリーのバゲットとカフェオレを朝食にすることが多いです。(日本のは柔らかすぎますが)
引用歌、帽子をかぶることで別の自分になる、という心境が読み取れます。
最近「ちい散歩」の地井さんの影響か、ハンチングをかぶる中高年や若者の姿をよく見ます。街歩きにはハンチングが似合うのかな?
私は…そろそろハゲるのを気にする年齢なのでどんなに寒くても我慢してかぶらないようにしています。男に生まれるんじゃなかった…
いくつからでも帽子に挑戦なさってください。あったかいし、いいものですよ!
tokoro-11さん、
晶子のバイタリティーには、いつも励まされます。
SEMIMARUさん、
そうなんです!私もふわふわのパンでなく(たまには食べるけど)、どっしり、ぱりぱりした系のパンが大好き。石垣島へいらしたら、ご案内しますよ。
中村ケンジさん、
なんということでしょう!帽子をかぶっても○○には影響しないと思いますけれど……
帽子はわたしのからだの一部です。
からだの一部をとりかえられるのが嬉しいわたし。
石垣島に行ったらぜひそのお店に連れていってください。
帽子を注文するあいだにパンを買います♪
「からだの一部」というのは、かぶり慣れた方ならではの言葉ですね!
うっかりしていたので、パン屋さん、帽子屋さんそれぞれのURLを書き足しました。よかったら、見てくださいね。どちらも素敵なお店です。いつか一緒に行けるのを楽しみにしています。