ペーパーバックの文字追ふ瞳上ぐるとき夜を吸へるその深き
みづいろ 笠井朱実
ごくごくたまに、翻訳された本を読んでいて原書を読みたいと思うことがある。とても好きな作品だと、それがどんなリズムや響きで書かれているのか知りたくなるのだ。例えば、ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』や、K.L.カニグズバーグ『クローディアの秘密』がそうだった。マイクル・クライトン『ジュラシック・パーク』は半ば腕試しに読んでみた。ちょうど科学環境部という部署に所属していた時期で、いろいろな科学用語が頻出するのが面白かった。
吉田健一のエッセイを読んでいて「英語の本が読みたければ、大概のものは翻訳されている。無理する必要はない」なんていう文章に出くわすと、まさに「無理」して読んでいる私は苦笑いするしかない。幼少期を英国で過ごし、後にケンブリッジで学んだ吉田のような人から、「英語というのは絶対に覚えられないものなのであるから、そういうことは初めから諦めた方がいい」と言われてしまうとがっくりくる。
それでも懲りずにペーパーバックを買ってしまうのは、この形への愛着もあるだろう。日本の文庫本も愛らしい形状だが、ペーパーバックのばさばさした紙質と厚みは、「中身で勝負!」という感じがして愛すべき存在に思える。空港や機内で、ランチボックスくらいの厚みのあるスティーヴン・キングやグリシャムのペーパーバックを抱えている人を見ると、何だかいいなと思う。
昨年アメリカへ行ったときは、かなりの年配の人たちがKindleを読む姿を頻繁に見かけ、「ふーん」と驚いた。あの分厚いペーパーバックを数冊持ち歩くことを考えれば、かさばらず重くない電子書籍は、若者よりもむしろお年寄り向きの商品なのだと合点がいった。
電子書籍はフォントを大きくして読みやすくできるから、普及したら高齢者だけでなく弱視の人もだいぶ助かるだろう。読み上げ機能を加えたら、目の見えない人の読めるものがぐんと増えることも期待できる。記者時代、視覚障害者のための朗読ボランティアをしている人から、「実は週刊誌やエロティックな小説などの需要が多いのだけど、なかなかそこまで出来ないのが実情。ボランティアの人も名作を読みたがって…」という悩みを聞いたことがある。
この歌は、ペーパーバックという「洋」のものを素材に詠った一首である。短歌特有の湿っぽさがなく、からりとした抒情が魅力的だ。
☆笠井朱実歌集『草色気流』(2010年6月、砂子屋書房)



いやいや、私も憧れから読んでみるのですよ!
本の香りまでもが漂ってくるような、
そんな歌ですね。
まだ若い頃に、
米国の書店を初めて覗いた頃の感動、
若い日のことをふと思い出しました。
おお、確か米国の奴隷制度(人権問題でしたか?)について卒論を書かれたのではなかったでしょうか!
外国の書店を覗くのは、また一段とわくわくするものですね。
おー、フランス装! 美しく洒落た本への偏愛は、電子書籍の時代になっても変わらないと思いますね。