広坂 早苗
親になったからといって人格者になれるわけではない。感情のままに幼い子をきつい口調で叱ったり、手が出てしまったりした時は誠に情けなくなる。子供をもたなければ、自分のことをそこそこ「いい人」だと錯覚したままでいられたかもしれないが、日々育児や雑事に追われ、思うとおりに物事が進まない状況に苛立つ中、自分の弱い部分、嫌な部分を見つめなければならなくなる。子供と過ごす時間の長い母親は特にそうだと思う。
「子を打ちてこころ晴れゆく」というのは、かなり危ない状況だ。人間の持つ暗い部分を思わせる。作者は、その暗さを、茂った木の蔭である「木下闇(このしたやみ)」と表現した。欠点の多い私のような親に育てられても、おまえは伸び伸びと、すくすくと育ちなさい−−。「親はなくとも子は育つ」をもじったフレーズだが、読むほどに胸が苦しくなる。子供の数が少なくなった今、親の目は必要以上に子供に注がれる。親はつい口うるさくなってしまったり、自分の夢を託してしまったりするだろうし、子供はそこから逃れにくい。親も子も息苦しい。
しかし、と私は思う。木下闇は夏の季語であり、美しい緑の葉が生い茂っていることを意味する。子供への愛情という葉が豊かであればあるほど、闇は深くなるのかもしれない。不恰好なほどにみっしりと葉を茂らせた木々は、美容院に行く暇もなく子育てに奔走している女の人のようだ。パーフェクトな親なんていない。だいじょうぶ、あなたは頑張っている。頑張りすぎないようにね。
☆広坂早苗歌集『夏暁』(砂子屋書房、2002年12月出版)