言葉もたぬ娘は五歳うつつなる人魚姫かも水を見ている
鈴木 英子
作者自身の書いたものによると、「言葉もたぬ娘」は3歳のころ「自閉傾向」と診断された。恐らく発達障害を伴う自閉症だろうという。
意味のある言葉はほとんど出ないが、本人の意思表示として時に大きな声を出したりするのを、母親である作者は「宇宙語」と呼んでいる。この歌の「人魚姫」にも、この星でない、どこかから来た不思議な女の子、というふうに自分の子をとらえているまなざしが感じられる。海か湖を「あそこに帰りたいなぁ」と見ているような、所在なげで清らかな女の子の姿が目に浮かぶ。
別の星から来た子どもにとって、この世界は何と不快で恐ろしいところだろう。自動車の騒音に耐えられない子もいれば、太陽がまぶし過ぎる子もいるだろう。セーターもシャツもみんなちくちくと皮膚を刺すとしたら、不機嫌になるのも無理はない。
「いろいろな人がいて当たり前」という建前は共有されているが、狭い意味での「いろいろ」である場合が多いような気がする。また、自宅と会社を往復するだけの日々では、いろいろな人に会いたくても会えないという現実もある。通勤時間帯の満員電車に乗るのは身体頑健で精神的にもタフな人が多いから、ごくたまに「おちょちょー!」などと叫ぶ子どもが乗っていると、どきどきしてしまったりする。障害のある子どものお母さんが、人にじろじろ見られるのが嫌であまり出かけないという話を聞くと胸が痛む。「人魚姫」のお母さんは、さまざまな病人がいて当たり前の「大学病院」のような世の中になればいいなあ、と記している。
☆セレクション歌人『鈴木英子集』(邑書林、2005年8月出版)