間違ってステップを踏む惨めさが舞台の他にたまさかにある
中川佐和子
踊りとか芝居の舞台にはとんと縁のない人生である。舞台そのものには、ずっと憧れてきた。小学校時代の学芸会は、担任の先生がいろいろ考慮して子どもたちをしかるべき演目に振り分けるという仕組みになっていた。私は演劇の班に入りたかったのに、いつも音楽の班に入れられ、人生とはままならぬものだと学んだ。しかも、音楽の班とて舞台には上がるはずなのに、ピアノの係になった私は舞台の下で一人さみしく演奏していたのだ。中学校に演劇部はなかったので、高校に入学して演劇部に入るぞぉ、と張り切っていたところ、吹奏楽部の組織的な勧誘に引っかかり、3年間笛吹き女となって過ごす羽目になってしまった。これはこれで全国大会まで行くくらいのクラブだったから舞台には何度も立つことになったが、総勢45人くらいで上がるのだからそう大したことではない。
それから四半世紀。もう舞台とは縁のないまま一生を終わるのだろうと思っていた私だが、今秋初めてフラメンコ教室の発表会に出ることになった。衣裳を着たり、舞台メイクをしたり、というのも信じられないが、何よりも、本当に舞台に立つということが恐ろしい。
この歌の作者は、バレエを習っていた人だ。何度も舞台に立ったことがあるようで、「間違ってステップを踏む」経験もしたらしい。そういう「惨めさ」を舞台以外の場でも味わうことがあるというのが、意外性のある面白い表現となっている。
しかし! 「舞台の他」でいくらでも惨めさを味わっていいから、舞台の上では間違いたくないと強く思う私である。
☆中川佐和子歌集『海に向く椅子』(角川書店、1993年7月出版)
舞台は、一度立つと病みつきになるか、
二度と嫌!となるか、両極のようです。
私は前者。出てしまえば、間違えようが何しようが
楽しくて仕方がないです。
きっと松村さんも前者ですよ。
その神髄を、お見せできますように。
そうなのよ。あなたへのエールと思って。
素敵な舞台になるに違いありません!!
どうぞ体調を整えて臨んでくださいませ。
はじめて書き込みします。いろんなうたの紹介があって楽しいです。舞台の歌などは自分からもっとも離れた部分のうたとして楽しめます。これからもいろいろなうたを紹介してくださいね。
「風」の連載終わってしまったんですね。こちらも楽しみにしていたのに残念です。私のサンダルのうたもとりあげてくださってありがとうございました。
ご連絡しようと思っていました。
いろいろな角度で歌を楽しんでもらえるよう、書き続けたいと思っていますので、ブログよろしくね♪
社会的立場がはきものにあらわれるのは不思議な感じですよね。フリーランスになった松村さんはいまどんなおはきものをはいているのでしょうか・・・・。
そうです。舞台の上では間違えてはならないのです。