太陽のかおりがするね日向から帰って抱きつくおまえの髪は
久保 剛
子どもの髪は本当にやわらかくて、つやつやしている。そして、何ともいえない、いい匂いがする。「抱きつく」のは、作者の小さな愛娘である。この歌を読んで「いや、恋人かもしれないじゃないか」という人もいるかもしれないが、日向のにおいをさせているのは、やっぱり子どもだろう。そして、その子が男でなく女の子であることが、一首全体の甘やかな雰囲気から何となく伝わってくる。ここが短歌のちょっと不思議なところだと思う。
先日、電車に乗ったとき、向かい側の席に5歳くらいの女の子とお父さんが坐っていた。長い髪を二つに分けて結わえた女の子は、お父さんの片腕に自分の両腕を巻きつけ、ぴったりと寄り添っている。二人は何を話すでもなく静かに坐っていたのだが、その満ち足りた様子にこちらまで幸福感を味わった。「ああ、あんなにお父さんのことが好きなんだ」と思うと、何だか胸がきゅっとなった。
この歌の作者には、三人の子どもがいて、二人は男の子、一人が女の子である。「太陽のかおり」をさせて駆けてきたのは末っ子の女の子だが、今は思春期を迎えたころだろう。もう「日向から帰って抱きつく」ことはないかもしれない。けれども、父親にとって娘というものは、いつまでも「太陽のかおり」をさせているものではないかと思う。
☆久保剛歌集『冬のすごろく』(角川書店、2001年6月出版)
でも、小さな女の子の日向のにおいは、また格別なんだなあ。