2006年12月12日

とおい母

KICX0639.JPG

  オオオニバスの葉には子どもがひとりずつ
  座りてとおい母を待ちおり         中津 昌子


 出産直後だって、自分の子どもが自分から生まれてきたとは信じられなかった。「ふーむ、この60兆個の細胞のすべてが私の体内で形成されたとは(赤ん坊はもうちょっと少ないと思うけれど)」なんて思いながらしげしげと眺め、不思議でならなかった。
 オオオニバスは、直径1メートル以上にも及ぶ葉を水面に浮かべる。子どもならその上に乗ることができる、ということが確か小学校の教科書に載っていた覚えがある。何の教科だっただろう。巨大な湖面にぽつんぽつんと浮かぶ大きな葉に、幼い子どもが体操座りをして何かを待っているイメージには、何ともいえず胸に迫るものがある。根源的なさみしさ、とでも言おうか。
 この世界は、ひどく不完全で痛みに満ちたものだから、誰もが「とおい母」を待っているのではないだろうか。最初に読んだころは、「子どもたちを育てるのはその親だけではないのだ」なんていう理屈を考えもしたが、今はオオオニバスの葉の上で膝をかかえている自分の姿が見える。不安と寒さにふるえながら「とおい母」を待っているのは、自分も、自分の子どもも同じなのである。親であっても、子どもの乗っている葉には一緒に乗れない。
 「とおい母」はゴドーみたいなものかもしれない。

☆中津昌子歌集『風を残せり』(1993年、短歌新聞社)


posted by まつむらゆりこ at 11:02| Comment(3) | TrackBack(0) | 元気の出る子育て短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その教科書、私も見ました!国語ですよ。
ラフレシアもありました。ふしぎな植物の絵を見て、とおい国に思いをはせたものでした。一年生くらいだったんじゃないかなあ。。。。
もうひとつの花はおじぎそうだったと思います。こちらは、身近な世界が急にエキゾチックになったような気がしました。
Posted by Lucy at 2006年12月21日 11:03
Lucyさん、
やっぱり! 私も国語かな、と思っていたのです。
同じ教科書だったんだぁ(感動……)。
「めもあある美術館」とかいうお話があったのは、覚えていらっしゃいますか?
いろいろな記憶が絵になった幻の美術館なのですが……あっ、オオオニバスからはずれちゃった。すみません。
Posted by まつむらゆりこ at 2006年12月21日 16:12
新人賞受賞とのことおめでとうございます。小説のようにたくさん賞があるわけでなく、そのなかでの受賞ですから誠に結構なことでした。こうなったら目標は歌会始かな。もっともあの家にはいろいろ問題があるからなぁ。
Posted by 冷奴 at 2006年12月25日 16:52
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