
先輩というのは本当にありがたいもので、会社を辞めた後も心配して仕事をくれたりする。
3月27日に発売された由紀さおりさんのニューアルバム「SMILE」――収められた11曲のうち、2曲の訳詞を担当したのだが、これは良き先輩の紹介が縁で実現した仕事である。あらかじめメロディーが決まっていて、それに合うよう英語の歌詞を和訳するという作業は、思いのほか楽しかった。定型に気持ちを注ぎ込む短歌と少し似ているような気もした。
真鍮のバーに凭れてきくジャズの「煙が目にしみる」 そう、しみるわ
松平 盟子
「煙が目にしみる」はジャズのスタンダード・ナンバー。「SMILE」で私の訳した”You’d be so nice to come home to” 、“Moonlight Serenade” も、そうした名曲である。ぜひ日本語で歌いたいという由紀さんの思いに応えるべく頑張った。
小学生の頃、テレビで由紀さんが「手紙」を歌うのを聞いて、「この人の日本語は何てきれいなんだろう」と感激したことを覚えている。その方と一緒に仕事ができるなんて、思ってもみなかった。一昨年、初めて由紀さんのために”My Funny Valentine”を訳す仕事が来たとき、「今でさえいろいろ原稿を抱えているのに、これ以上、手を広げてはいけないのでは……」と断りそうになったのだが、もう一人の自分が「面白そうじゃないの。あの、由紀さおりさんだよ! やってごらん」とささやいた。結果的に、それが今回のアルバムに繋がったわけである。怖いもの知らずの好奇心も、たまには必要なのかもしれない。
「SMILE」には、子どものころに魅了された「手紙」も収められている。声の質、歌唱力の素晴らしさは言うまでもないが、日本語の発音の確かさと美しさには本当にうっとりとさせられる。お薦めの1枚である。
*松平盟子『たまゆら草紙』(河出書房新社、1992年12月刊行)
この河出書房のシリーズは、作者の写真が見られるというレアな歌集でしたよね。松平さんがとても色っぽかったですw栗木京子さんの「綺羅」も読みました。
河出書房新社のシリーズは、今から思えば画期的でしたね(全部持ってますよ〜)。ああいうものが、今も時々あれば、もっと若者は短歌に惹かれると思うのですけれど。