2014年03月11日

東日本大震災から3年

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 震災後、夥しい数の短歌が詠まれてきた。実際に被災した方の迫力ある作品に涙を誘われることがある一方で、「うーん、そうなのか?……」と居心地の悪さを感じることもある。それは往々にして、直接体験していない人が震災について詠ったものだ。
 体験していないから詠ってはいけないというのではない。ニュース画面を見て、新聞を読んで、歌を作るのは悪いことではない。問題は詠い方だ。
 下手では話にならない。当たり前だ。しかし、巧ければよいのかと言えば、そうではないところが歌の不思議である。あまりに巧いと、ほんの一瞬だが作者の得意顔が見えてしまって鼻白む。技巧と思いのバランスなのだろうか。当事者が詠む場合、技術は二の次なのだが。
 また、わけ知り顔に震災を詠うことへの躊躇や抵抗感もある。大切な人も家も失った人の思いに自分はどこまで近づけるのか。その深い悲しみや苦悩を推し量ることができると思う不遜こそ、最も忌避したいものだ。
 そんな葛藤の中、震災後の自分の思いに最も近いと感じられる一首に巡り合えた。

  丸まったままに乾いたハンカチのごときこころよあの弥生から
                                  富田 睦子


 泥水や涙を吸ってくしゃくしゃになったハンカチが、乾いてかちかちに丸まっている――この歌を読んだ瞬間、胸が締めつけられるようだった。「そう! まさにそうなの」と作者に抱きつきたくなった。
 「あの弥生」以前には戻れない、という思いが誰にでもあると思う。あんなにもたくさんの人が亡くなり、原子力発電所の事故が起き、胸に鉛を詰められたようだった。震災の後、自分がずっと抱いてきた悲しみと、何かが決定的に変わってしまったという絶望感、うまく説明できない後ろめたさ……そうしたものがないまぜになった複雑な気持ちが、この一首に表現されている。
 私たちの悲しみに三十一文字という形が与えられたことを深く感謝したい。そして、この「ハンカチのごときこころ」を共有しつつ、自分のできる支援をしなければ、と思う。

  ☆富田睦子『さやの響き』(本阿弥書店・2013年12月刊)
posted by まつむらゆりこ at 16:30| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 そう、まさに歌詠みの方のこのような文章を待っていたのです。ありがとう。
Posted by 冷奴 at 2014年03月12日 10:12
震災の当事者ではないですけど、
しみじみと心に沁み入る歌だと思いました。

たしかに、巧いなあとは感じても、
心に響かない詩や歌ってありますよね。
実感がこもってないというのか。

自然と心に浮かんだ言の葉は、
やっぱり”技巧”を
超えるような、そんな気もします^^
Posted by tokoro-11 at 2014年03月12日 10:27
冷奴さん、
確定申告、その他もろもろの締め切りなどで、なかなかブログも書けなくて(泣)。楽しみにしてくださっているのが何よりの励みです。ありがとうございます。

tokoro-11さん、
いい歌でしょう? 私もこんなふうに人の心に届く歌を作れたら、と願うばかりです。
Posted by まつむらゆりこ」 at 2014年03月12日 13:32
5月から毎日新聞に松村さんの童話が連載されるんですね。今朝、夫が新聞で見て教えてくれました。子どもが大きくなってしまって、絵本や児童書から遠ざかってしまっていましたが、明後日から毎日が楽しみです。

ここの記事、リンク、ツイートさせていただいておりました。えらい事後報告ですみません。
この短歌、本当に実感ですね。震災直後は被災地から遠く離れていても時の経つのが遅くて、特に宅配業が復旧するまではじりじりとした思いで過ごしておりましたが、今となってはもうあの震災より前には戻れないという感じです。
Posted by ミルトス at 2014年04月29日 22:37
ミルトスさん、
毎日新聞の童話、楽しんでいただければ嬉しいです!(コメントが遅くなって本当にすみません)このところ忙しくて、またもブログ更新ができずにいること、何卒お許しください。
何とか頑張って続けたいと思います。では、どうぞよい連休を。
Posted by まつむらゆりこ at 2014年05月01日 10:47
 えーっ、童話やるの。見落としていました。こりゃ楽しみ也。ご活躍ですねぇ。
Posted by 冷奴 at 2014年05月09日 11:04
冷奴さん、
いやぁ、ちょっと照れます。以前からあたためていたストーリーがあったものですから、引き受けてしまいました。子どもにも大人にも楽しんでもらえる読みものというのが、私の理想です。
Posted by まつむらゆりこ at 2014年05月09日 22:44
「ふしぎな転校生」終わってしまってちょっと淋しいです。なんだか最後はちょっと泣けました。
ミカエルさんが出てくる場面は可笑しくてクスクス笑っていると、娘に「新聞読んで笑えるっていいね」と言われてしまいました。娘が小学生の頃は小学生新聞をとっていました。新聞の童話を毎日楽しみに待ちながら読めるように・・。今は娘は全く新聞を読もうとしません。世の中の暗いニュースは遮断したいようです。
本当は、私は一冊の本として読む方が好きなんです。なので本になって出るのを楽しみにしています。
Posted by ミルトス at 2014年05月31日 17:36
ミルトスさん、
「ふしぎな転校生」を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
毎日楽しみにしてくださったこと、嬉しくてなりません。ちょっとした謎ときを含む楽しいお話を書いてみたかったので、笑っていただけたのも大きな喜びです(ミカエルさん、ありがとう!)。
本にしてくれる出版社があれば、また張り切って加筆するつもりですが、それほどの出来栄えかどうか……。ともあれ、この1カ月間、あき子さんを見守ってくださったこと、深くお礼申し上げます。
Posted by まつむらゆりこ at 2014年05月31日 17:54
松村様:

はじめまして、平井と申します。松村様にご連絡をとる方法が他に見つからず、ブログのコメント欄から失礼いたします。

最近、ご著書「31文字のなかの科学」を拝見し、大変面白く読ませていただきました。私はある学会の機関誌編集委員を務めており、そこで「31文字のなかの科学」と同様に、科学にまつわる短歌の紹介とエッセイをご執筆いただけないかと思い、ご依頼申し上げます。

できれば一首ずつ取り上げたものを、何号か連載していただければと考えておりますが、松村様のご希望によって、数首を取り上げた記事一回でも構いません。

物理系の学会なので、物理系の短歌ですと一番親しみやすいとは思いますが、それに限らず、広く科学にまつわる短歌でも読者の興味をひくと思います。

より詳しい内容は別途ご説明したいと思いますので、恐れ入りますが、メールアドレスまでご連絡いただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。
Posted by 平井亜紀子 at 2014年06月07日 15:01
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