ことばを紡いで別の世界を作り出すのが得意な作者である。その美しいタペストリーの数々が収められた一冊。
ほそくほそく蜂蜜垂るる夏時間 わが恋着を語り出ださむ
こんなに暑い日が続くとうんざりしてしまうが、この歌を読むと、ねっとりと蒸すような午後にも人生の喜びが感じられる。たらりたらりと、惜しむように、焦らすように、蜂蜜を垂らしているのは作者だろうか。テーブルの上の、横倒しになったガラス瓶から、黄金色の液体が少しずつ垂れているようにも思う。
この作者は、何でもない日常から、びっくりするようなシーンを取り出すのがとてもうまい。
耳に毒注ぐ殺法思ひをり 頭髪(かみ)を洗はれゐる革椅子に
砂時計のうちなる砂漠かすかにも夜の風吹き歩むものかげ
美容院で髪を洗われている時というのは無防備なものだが、そんな時に「ハムレット」のことを思い出す一首目は、本当にすてきだ。頭の重みを美容師の手に委ねつつ、「ハムレットの父王が殺されたのは、何の毒だったのかしら」と思う心に、ふと塚本邦雄を思い出したりもした。
砂時計の小さな空間に砂漠を見るという二首目も、羨ましいほどの歌ごころだ。夜の砂時計の中に歩いているものかげは何だろう。鎧を着たようなトカゲだろうか、しなやかな黒豹だろうか。じいっと砂時計に見入っている時間の豊かさというものを思う。
耳ふたひら蔵ひ忘れてゐることも気づかぬままに雨のゆふぐれ
夕されば金魚のやうなさみしさのひとつ鰭ふる秋のこころに
しらべの美しさは、この歌人の特徴の一つだろう。必ずイメージの鮮やかさを伴っているのも見事だ。しらべのよさにうっとりしてしまうが、異世界の怖さが潜んでいるのがまた魅力なのである。
タイトルの「青金(あおきん)」は、私にとっては初めて出合う言葉だった。金と銀の合金で銀を20%ほど含み、青緑色を帯びているそうだ。この歌集の場合は「せいきんこっぽう」と読ませるそうだ。不思議なタイトルもまた、塚本邦雄を思わせる。
☆渋谷祐子歌集『青金骨法』(ながらみ書房・2007年6月出版・2625円)
【関連する記事】
このように日常のシーンを切り取って、歌にできる技があったら、とても楽しいでしょうねぇ、とそんなことを思いました。
日本語は素晴らしいですね。
歌と句。表現の仕方は違っても、韻文の持つ日本語ならではのリズム。それを読み取れ、詠み込めるようになりたい。
そうなんですよ! 見慣れた風景が、がらっと変わって見える……詩歌の力というか、存在意義はそこにあるのではないかと思います。
濱徹さん、
いつか、どんな俳句を作っていらっしゃるか教えてくださいね!
おそらく何事にも執着しない方だから、「恋着」にも縁がなかったのでは…。
”お部屋”のアドレスを書いていただけると、皆さんもお訪ねくださると思いますが。