2007年10月26日

細谷喨々さんの句集

KICX1417.JPG


『二日』

 滋味たっぷりに詠われた日常があたたかい。読むほどに、心がじんわりと慰められる句集である。

  柿うましそれぞれが良き名を持ちて
  ハロウィンや病棟に魔女すれちがふ


 リンゴやナシの名は割に知っているが、柿の名はほとんど知らない。調べてみると、「鶴の嘴(つるのはし)」「大秋(たいしゅう)」「陽豊(ようほう)」「小春」など、まことに美しい品種名が多いのだった。人も柿と同じで、一人ひとり「良き名を持ちて」いるのだな、なんて思わされる。
 ハロウィンは、日本でもだいぶ知られるようになり、「魔女」の仮装で子どもたちを楽しませる趣向も定着してきたのだろうか。作者の本名は、細谷亮太さん。聖路加国際病院の副院長を務める小児科医である。この句に出てくる「病棟」が、重篤な病気の子どもたちが入院している小児科病棟と知って読むと、味わいもまた深まる。

  螢火の明滅脈を診るごとく
  颱風の中モルヒネの効いてゆく
  死にし患児の髪洗ひをり冬銀河


 作者の専門は小児がんなので、小さな患者さんとの別れも少なくない。その一つひとつの悲しみが、読む者にも迫ってくる。
 明滅する螢の光をかすかな脈拍にたとえた一句目の哀切さは、何ともいえない。
 死を目前にした子どもが少しでもよい時間を過ごせるように、モルヒネ治療を施す二句目の緊張感と安堵は、読んでいて苦しくなるほどだ。句集の中で、この句の次には「撫子や死を告げる息ととのへて」が置かれている。
 三句目の状況にも、涙を誘われる。病院で人が亡くなると、医療スタッフが髪を洗ったり軽くメイクを施したりする。看護師が担当することが多いようなので、主治医が自ら髪を洗う姿には胸を突かれる。広大な宇宙と一人の子どもの死との対比が、悲哀を超えたものを感じさせる。

  夏燕二十歳のやうにカレー喰ふ
  寝転んで臍のあたりを流れ星

  
 壮年男性らしい大どかな詠みぶりだが、どこか少年っぽさを感じさせるところも魅力的だ。小児がんで亡くなった、たくさんの子どもたちを思い、数年前から「へんろ道落椿ふまぬやうふまぬやう」と、四国遍路を続けていられるという。これからも激務が続くだろうが、ますますのご健詠を、と願うばかりである。

☆細谷喨々句集『二日』(ふらんす堂・2007年9月出版・2700円)


posted by まつむらゆりこ at 09:32| Comment(14) | TrackBack(1) | 歌集・句集の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん、「柿の日」に柿の句ときましたか。俳句1000万人、短歌100万人、詩10万人と聞いたことがあるけど、ほんとかな?柿は俳句ではみるけど、短歌でいいのんはありませんか?この方の句、いいと思う。
Posted by 冷奴 at 2007年10月26日 12:13
冷奴さん、
えっ、今日は「柿の日」?!
秋らしい句をいくつか最初に紹介しようと考えたのですが、偶然ですね。

柿を詠った短歌は
「おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く(伊藤左千夫)」
「柿もぐと樹にのぼりたる日和なりはろばろとして背振山見ゆ(中島哀浪)」
などがありますが、最近の作品は思い浮かびません。
どなたかご存知でしたら、教えてください。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年10月26日 12:37
わがごとく柿の萼(うてな)を見下ろすか熾天使は酸きなみだに濡れて

大辻さんの作品だと。
Posted by ろでむ at 2007年10月26日 13:32
細谷さんのことはテレビでもやっていたようだし、先日新聞でも紹介されていました。毎週土曜日には故郷の秋田(だったと思いますが)に帰って診療をしているそうです。東京での激務があって、それで俳句まで読んでいらっしゃるなんてすごいですね。中でも冬銀河の句に心を打たれます。別の見方からカレーの句もいいですね。この句集も読んでみたいけれど、やっぱりお値段が。。
Posted by いぶき at 2007年10月26日 17:21
ろでむさん、
早速に書き込んでくださって、ありがとうございます!
大辻隆弘さんの歌ですね。

いぶきさん、
細谷先生がテレビで紹介されていたことは知りませんでした。句集を出されなくても、いろいろ活動していらっしゃるので、多くの人に知ってほしい方だと思います。
歌集や句集の価格は、私もやっぱり高いと思います。このブログで、少しでも多くの歌や俳句を紹介したいと考えたのは、そのせいもあります。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年10月26日 17:40
二日という表題がいいですネ。
初日の緊張感がうすれ、少し怠惰に流れていく三日とも違い、はざまで揺れる二日、、、。
題字もご本人のものですか?
あたたかい書体ですね。
作品は、説明を読むまでは、長く病臥の床にある方の句なのかなと、思ってしまいました。
こんなにも患者の側に立てるお医者様が、
おられるのですね〜
Posted by スマイル ママ at 2007年10月26日 22:24
こんばんわ。
今回はまた、瞬発力の俳句のご案内だったのですね。
お医者様が、お仕事での思いを通して作られた句に、胸を打たれます。それをまた、鋭い感性と豊富な取材力から記事を起される、松村さんの文章が、とても素晴らしいです。
松村さんのブログを拝見するたびに、短歌や俳句など詩歌から、言葉の力のようなものを感じます。学ぶこともたくさんあります。
今日も良い記事を拝見しました。
ありがとうございました。
Posted by KobaChan at 2007年10月26日 23:39
スマイル ママさん、
題字がご本人の書いたものかどうかは、句集のあちこちをひっくり返して見ましたがわかりませんでした。
ともかく、あったかい句が満載の一冊です!

KobaChanさん、
その時にしか作れない歌というものがあります。今回ご紹介した句が、どれくらいの時間をおいて作られたものかはわからないのですが、心を大きく揺さぶられたとき、何らかの形にしておかないと後では二度と作れないということがあります。それは、詩歌だけでなくブログの文章などでも同じなのではないかと思います。KobaChanさんがご自分のブログでお嬢さんたちの合唱のことを書かれたときなど、それを強く感じました。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年10月27日 10:39
松村さん、
その時々の思いを、何らかの形にすること、とりわけ書き残すということは、とても大切なことなのですね。もしそれを、詩歌という形で表現でき、それを読んでくださった人の心も揺さぶることができたら、名作の誕生ということになるのでしょう。
ご案内いただいた先生も、句集に収められた作品の背景に、もっともっとたくさんの想いと、それを表現する言葉があるのでしょうね。
当方のブログの拙い文章のことも、合わせてコメントいただき、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。
Posted by KobaChan at 2007年10月27日 17:18
お久しぶりです。

いい句ですね。仕事を通して、実感して、スーッと言葉になったような。頭で考えて作っていたら、こんな句は、なかなかできませんよね。心が温かく、豊かな、お人柄が偲ばれます。

小児専門の方のようですが、大人でも、老人でも、こういうお医者さんが多ければ、人の世を生きる、ということが、精神的にもずいぶん楽になるでしょうね。

「会津身知らず」って柿の名前、きのう初めて知りました。ある人の句にあったのですが、初めは柿の名前とわからず、句意が全くチンプンカンプンでした。日本語って難しいですね。
Posted by 濱徹 at 2007年10月27日 20:31
濱徹さん、
「会津身知らず」が柿の名とは!
本当に世の中にはいろいろなことばがあるものですね。

俳句も短歌も、頭で作るものではないところが難しい。でも時にはひねり出さなくてはいけないこともあって……。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年10月27日 22:06
松村さん、こんにちは。

先日、細谷先生の書いたエッセイ『小児病棟の四季』を読みました。病と闘いながら力及ばずにこの世を去った幼い命に向ける暖かいまなざしに胸をうたれました。

この中に「なき子をうたう」という一文があり、俳句との関わりについても書かれています。
細谷先生の俳句の師匠は石川桂郎(本名:一雄)さんという方で、松村さんのかつての職場の新聞の俳壇特集「師弟競詠」に師弟で作品を発表したこともあるとのことです。

他にも何冊かエッセイを出されていて、句集と併せて読むと、細谷先生の人間像がよりよくわかるのだろうなと思いました。
Posted by 拓庵 at 2007年10月28日 00:56
ハロウィーンでは、魔女も怖いよりはどこか可愛い感じがしますね。

暗くなりがちな病棟の廊下と、ユーモラスな仮装の魔女の組み合わせが絶妙です。子どもの病気って、考えただけで絶望的になるけれど、そういう事態になってしまったら、せめてこういうお医者様のいる、こういう病院に入れてあげたい。
Posted by Lucy at 2007年10月28日 18:35
拓庵さん、
細谷さんの文章も、句と同じようにじんわりと心にしみてきますね。
私はどちらも大好きです。

Lucyさん、
ドクターもさまざまですが、取材した経験から言うと、小児科医は不思議に他科より圧倒的にいい人が多かったです!(これは同僚たちも言っていたことです) だから、どこの病院でも大丈夫ですよ。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年10月28日 21:08
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