2007年12月07日

伊藤一彦さんの歌集

『微笑の空』

KICX1572.JPG

 宮崎の豊かな自然に親しみ、その中で抒情を育んできた歌人の、円熟味あふれる第十歌集。
 特に惹かれたのが、月を詠った作品である。作者の第二歌集のタイトルは『月語抄』であり、第五歌集には「月光が訛りて降るとわれ言へど誰も誰も信じてくれぬ」という、ちょっと不思議な名歌が収められている。この歌集でも、月がさまざまに詠われていて、「月の歌人」と呼びたくなってしまう。

  人の世の人みなさがれといふごとく月輝けばどこにさがらむ
  月光に照らされ白き鹿の妻 近づくことをわれ遠慮せり
  寒の夜半交尾を終へてやすらへるかたちにしづむ上弦の月


 一首目は、「みな下がれ」と言わんばかりに皓々と照る月への畏れが伝わってくる。美しさを称えつつ、どことなく飄逸な感じも漂わせていて楽しい。二首目は、本当の牝鹿ではなく、白い鹿のような作者の妻であろう。神話のような趣と共に、慎ましい夫婦関係を思わせて味わい深い。三首目は、全く思いがけない比喩であり、作者ならではの発想である。もっと細い三日月ならば、魚を連想して「交尾」という言葉が出てきても不思議ではないが、「上弦の月」の充足感を感じとっているところが面白い。

  夜のふけをわれの矢的に帰る道はるかに高き月とひきあふ
  神の矢はするどかりけむ高千穂峰より的となりたるこの地


 「われの矢」を詠った一首目は、「高き月とひきあふ」という見えない緊張感がリアルに迫ってくる。二首目は「高千穂峰(たかちほのみね)」という、天孫降臨の伝説のある地名が「神の矢」と豊かに響きあっている。「的」という捉え方は独特であり、「われの矢」「神の矢」とは何だろう、といろいろに想像させる。

  わがうちに熊襲棲むはずがこの頃は留守の多しよ人に言はねど
  気味悪き人とふものの一人とし原生林を傘さし歩む


 人間的な弱さや自身の存在への違和などを詠った作品もユニークで、一首一首立ち止まるようにして読んだ。歌集の後記には「私の暮らす宮崎の空は広く、大きく、いつもなぜかなつかしい。毎日眺めていて、その豊かな刻々の表情は見倦きることがない」と記されている。まさに、宮崎の空を思わせる大どかな一冊といえよう。

☆伊藤一彦歌集『微笑の空』(角川書店・2007年12月出版・税別2571円)
posted by まつむらゆりこ at 08:28| Comment(7) | TrackBack(0) | 歌集・句集の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
月の裏側まで見られる時代になっても、やっぱり月光は永遠のロマン。

うつくしく、冷たく、妖しく、それでいてどこか温かく…。
いつも同じ顔しか見せないくせに、いつまで見つめていても飽きさせないのよね。

そんな女になりたいなあ。。。(笑)
Posted by Lucy at 2007年12月07日 17:14
Lucyさん、
衛星「かぐや」の映像は本当に素晴らしかったですね!
月って、いろいろな国のことばで女性名詞なのが不思議なような、納得するような……。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年12月07日 21:49
ご案内の歌と合わせて、ゆりこさんの記事を拝見し、ゆっくりと空を眺めてみたくなりました。
幸い今日は晴天なので、散歩をしながら眺めて来ようと思います。

それはさておき、月の光はとても神秘的ですね。聞いた話によれば、月の光からは癒しが得られるとか。
ご案内の伊藤一彦さんは、月に対して様々な捉え方をお持ちなのだと思いますが、歌を詠みながら、きっとたくさんの癒しも得ていらっしゃるのだろうと思いました。
冬の夜空はとても綺麗ですね。寒いけど^^
Posted by KobaChan at 2007年12月08日 10:39
KobaChanさん、
関東の冬の空は、日中も夜も澄みわたっていて、本当にきれいですね! 私の郷里の福岡は、日本海側だから冬は曇天が多かった記憶があります。
もっと空を見上げて、ぼんやりといろいろなことを考えたいな、と私も思いました。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年12月09日 09:43
月といえば、TOKUさんという方がカバーされたSisterMoonが耳にながれだします。また、観世栄夫さんの「姥捨」が、まぶたによみがえります。
月、自らは光を放つことが出来ない悲しさが、なんだか良いです。。。
Posted by スマイル ママ at 2007年12月09日 12:19
娘がちっちゃいときに、自転車のうしろに乗せて走っていたら、「ママ、お月さまにも足があるんだね」。
「どうして?」って聞いたら、「だってうしろからついてくるもん」って(笑)。

それ以来、月はわが家のお友達です。
娘は忘れちゃってるかもしれませんけど。
Posted by もなママ at 2007年12月09日 14:34
スマイル ママさん、
すてきなコメントをありがとうございます!
いろいろな分野のことを短歌と重ねて読む豊かさを思いました。

もなママさん、
いい話! 小さい子にとって、月は不思議なお友達ですね。なんだかアンデルセンの「絵のない絵本」を思い出しました。
Posted by まつむらゆりこ at 2007年12月09日 16:03
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