霜柱日陰はつひに崩れねば子が踏みくだきこころよげなり
森岡 貞香
寒い日が続く。今朝は庭に霜柱がにゅーっと出てきていて、面白かった。霜柱というよりも、氷のエノキダケのような感じである。
この歌には、少し不思議な雰囲気が漂う。「つひに」や、上の句と下の句のつながり具合がよく分からないのだ。日陰の霜柱が、日なたの霜柱が溶けてしまってからも崩れずに残っていたのに、それを子どもが気持よさそうに踏み砕いている――。作者は、その光景に何を見たのだろうか。
この歌の収められている『白蛾』は、作者の第一歌集である。巻頭には「少年」と題する一連が置かれている。
うしろより母を緊めつつあまゆる汝は執拗にしてわが髪亂るる
拒みがたきわが少年の愛のしぐさ頤に觸り来その父のごと
エロスを強く感じさせる少年の歌の数々を読むと、霜柱を踏み砕いている「子」は男の子であろうと思える。せっかく溶け残った霜柱を、ざくざくと容赦なく踏みしだく男の子は、成長して美しく酷薄な若者になるのだろう。作者はそんな想像を楽しみながら、まるで自分が踏まれているような思いで、うっとりと眺めているようだ。
でも、小学生の頃、道端の霜柱や薄く張った氷をがしがしと踏むのは確かに面白かった。冬の朝も元気に登校していた頃を思い出すと、「こころよげなり」という表現と小学生の自分が重なって少し可笑しくなる。この歌も、案外あっさりと楽しんでいいのかもしれない。



そういえば、ながらく見てないなあ…霜柱。ちいさいときはよく踏んで歩いたけど。
美しく酷薄な若者…。逆に考えると、彼らは小さいころは霜柱を踏みつぶしていた少年なのかしら。
うちには男の子がいないけれど、よく耳にする「息子が恋人」という言葉の感覚、なんだかわかるような気がします(笑)。
そうです、私の庭、というか、わがアパートの地面です。
男の子の残酷さをうたった歌、また紹介しますね!
いぶさん、
コメントありがとうございます。
作者名に引っ張られて深読みしてはいけませんね。
「つひに」などに、ちょっと不安になってしまいました。
霜柱を踏む快感、もう一度味わってみなければ!
霜柱を踏んだ記憶は、
確かに楽しいものですね。
寒さが苦手なので、
そういう体験から数十年遠ざかっています。
明日の朝、霜柱探してみようかなと、
そんなこと思いました。
今、霜柱を踏んでみたら、
新たな楽しさも見つかるかもしれませんね。
霜柱って、しげしげ見ると本当に面白いです。
踏んでしまうのが惜しいような気がして、この写真の霜柱は踏まずじまいに終わってしまいましたが、今度見つけたら、ざくざくと踏みたくなりました!