石鹸の匂いをさせて君がいる<男>よりあたたかくなりてこの夜
奥山 恵
共に暮らすようになると、「恋人」はだんだん「男」臭が抜け、兄のような弟のような存在になる。そのことが「石鹸の匂い」とうまく組み合わされている。
お風呂あがりに二人してくつろいでいる気分が、とても気持ちいい。もう、お互いどこへも帰らなくてよいのだ。二人が暮らすのは、この空間なのだから。ほのぼのとした石鹸の匂いに、苛立つ人もいるかもしれない。灼けつくような、ひりひりとした恋の痛みこそが生きている実感なのに、と何か大切なものを失ったように寂しく思うタイプの人はいるものだ。けれども、人間そうそう恋ばかりはしていられない。仕事もあるし、自分の好きなこと、チャレンジしたいこともある。パートナーを得たことで安心して、そういった目的に取り組めるのは、結婚生活の幸せの一つと思う。
「石鹸の匂い」は、自分と同じ匂いでもあるのだろう。ヒトにフェロモンがあるかどうかについては諸説あるが、白血球のタイプであるHLA(全部で6種)が自分と違う異性ほど強く惹かれる、という実験結果が出ているのは面白い。先日、夫から腎臓提供してもらって移植に成功した女性の話を聞く機会があったが、彼女の場合はHLAが6つとも夫と違っていたという。10年前、私が臓器移植の取材をしていた頃は、血液型はもちろんHLAもすべてマッチすることが基本とされていたので、免疫抑制剤など移植医療が進んだことに感心した。しかし、それにも増して、「HLAが全部違うということは、たぶん生物学的にも相性のよいカップルなんだろうなあ」と感激したのであった。
そんなふうに遺伝的に別々のものを持っていたとしても、長い結婚生活の中で、同じ匂いを共有することの面白さ。ちょっとしんみりさせられる一首である。
☆奥山恵歌集『「ラ」をかさねれば』(雁書館・1998年12月)
HLAで相性があるんですね。考えてみればあれだけ種類があってみんな一緒っていうのは比較的近い血のつながりを暗示するので、種族保存のためにはなるべく遠い人とくっついたほうがいい…という設計なのかもしれませんね。
「匂い」だけでなく「音」も、というご指摘に感心しました。なるほど!
趣味や食べものの好みは違っていても困らないけれど、匂いや音は受容してもらわないとね。
HLAの仕組みは、解明されていない部分もありますが、とっても面白いと思います。
「石鹸」という言葉、確かにやさしくってなつかしいですね。この言葉自体の響きのやさしさも、「君」の形容として生きていることを思わされます。
すみません。
今後とも宜しく御願い致します。
こちらこそ、改めて「はじめまして」!
今後もご愛読よろしくお願いします。
いかにも「所帯をもった」という雰囲気です。飾らずに、くつろげる関係を持てるようになったのです。
しかし、既婚でも、年をとっても、異性へのドキドキ(恋とはかぎらず)は持っていたいですね。
ようこそ! あの時はとても楽しかったですね。富小路禎子、正岡子規が好き、という中村さん、これからもよろしくお願いします。
SEMIMARUさん、
本当に「石鹸」というところがいいですよね。
この歌も「ドキドキ」を秘めつつ、まずは「石鹸の匂いに乾杯!」ってところがめでたいのだと思います。
「<男>よりあたたかくなりて」のところが所帯をもったばかりの初々しい心の綾をあらわしていて白眉だと思いました。
一緒に暮らす前の相手は「異性」である「男」であるけれど、所帯を持つと小さいながらも「家族」としての「ぬくもり」ある存在となる。
それは気を許しあった「石鹸の匂いをさせる」生活者としての愛すべき相手。
湯上りの「あたたかさ」と<男>である異性から「家族」となった「あたたかさ」がかさなってほのぼのとしてきます。
湯上りの石鹸の匂いをさせて傍らに座る君への愛しげなまなざしがみえるようです。
「家族」としての「ぬくもり」、それが「石鹸の匂い」に象徴されているというご指摘、とても共感しました。そして、この歌には「傍らに座る君への愛しげなまなざし」がこめられている、という読みは、本当に的確です!
読んでいたら、結婚生活がますます楽しくなりそうな気がしました(笑)。
「<男>よりあたたかくなりて」は、やっぱりひとつの恋心だと思います!
再びのコメントありがとうございます。
私の個人的な事情なんて気になさらなくていいんですよ。それよりも「新婚の歌」であると、最初に書かなかったことこそ、今回の紹介文の大きな欠点でした!
この歌を好きになってくださって、本当にうれしいです。
もなママさん、
そうそう! 「恋心」なんです、これは。新たな章に入ったというか、別のステージに上がったというか……。
ダメですよ! パートナーの中には<男>の部分も継続して在り、そこに<男>よりもあたたかな部分が重なってゆくのですから。
私たちも、<女>であることには変わりないけれど、母や姉みたいな部分が加わっていくのと同じではないかしら。
「新婚の歌」と添え書きをなさらなかったのが読者をいろいろな角度で読む楽しみをあたえてかえってよかったと思います。
それを書いてしまうと読み解きの楽しみが半減されてしまいますものね。松村さんは最初からそこも考慮なさったのだろうととその心遣いに感服です。
白血球のタイプであるHLA(全部で6種)が自分と違う異性ほど強く惹かれる、という実験結果のご説明に目を拓かれました。
一つの歌をいろいろな分野、視野からみつめる松村さんの読み解きはとても面白く短歌の魅力を引き出し、読み解きの面白さへと導いてくださっていつも嬉しく拝読しております。
ありがとうございます。
お心遣いくださり、こちらこそ恐縮しております。
皆さんがいろいろ楽しんで読んでくださることが何よりの喜びです。私が気づかなかった点を指摘してくださる、ろこさんのような方もいらして、歌というものの深さ、面白さを思うばかりです。
■このように述べつつも私も使用していることに気付き、やや反省しております。
「結婚生活の楽しさの一つは、夫婦がそれぞれの違いを知ることだと思う」には共感しました。夫と13歳も年が離れているので、お互いがまったく違った価値観、生活観をもっていますが、それを楽しんでいるところはありますね。
夫が「昔、俺の家は、近所で一番にカラーテレビ(白黒でなく)を買って、近所の人たちが見にきていたんだ!」
などど自慢げに話したりするのですが、私はあまりピンとこなかったりします(笑)
後に映画「AIWAYS三丁目の夕日」をみてなんとなく想像できた程度です。
やや話がそれましたが、由利子さんの解説のおかげで楽しく、より深く、豊かに短歌を味わうことができて感謝しています。ありがとうございます。
平凡な子育て中の主婦が、短歌の鑑賞を楽しんでいる今日この頃です。これからもいろいろな短歌を、紹介してくださるのを楽しみにしています。
『物語のはじまり』をこんなにも丁寧に読んでくださって感激です。「違い」を楽しむことに共感してくださったのも嬉しいばかり。13歳違いのご夫君とどんなロマンスがあったのかしら、とうっとりと想像しています。
ブログでは1つの歌について多くの方と意見交換できるのがとても楽しいです。これからもよろしくお願いします。