2008年05月09日

〜〜さん

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「本当に記者さんですか」を退けて女もすなる国会取材

 この歌は、随分若かった時分、国会議事堂の入り口で守衛の人に言われた台詞をそのまま挿入してつくったものだ。化粧気がなく、ちゃんとしたスーツも着ていなかったから、そんなことを言われてしまったのだろう。そして、何より女性記者がまだ少ない時代だった。
 新聞記者だった頃、「記者さん」と呼ばれるのが苦手でたまらなかった。役所や警察でそう呼ばれるとき、場合によっては軽い揶揄が含まれる。ちょっと田舎の小学校へ行った際に朴訥な教頭などから呼ばれる場合は、「お医者さん」などと似た尊敬のニュアンスが込められていて、これまた居心地の悪いものである。
 「記者さん」以上に嫌いだったのが、「毎日さん」と社名で呼ばれることである。敬っているようで敬っていない、何とも奇妙な呼び方だ。取材先だと、いちいち記者の名前を覚えるのが面倒だという事情もあるだろうし、仕方のない面がある。しかし、記者クラブの集まりなどで、互いに「NHKさん」とか「朝日さん」などと呼び合うのは気色悪かった。そんな公式の場でなく、ふつうに記者同士でおしゃべりしていたときに、顔見知りの人から「毎日さん」と呼ばれたときには腹が立った。たぶん男だったら、「表に出ろ! オレの名前を知ってるくせに失礼だろうが」と相手の胸倉をつかんだところだ。
 こんなことを思い出したのは、mixiの友人のところで「歌人さん」という呼び方が話題になっていたからである。最近、そういう呼び方をする人がいるそうだ。そう言えば、テレビで「好きな作家さんは誰ですか?」なんていう言い方を聞いた覚えがある。「作家」も「歌人」もそのままでいいのに。
 職業名などに「さん」を付けるのは、比較的新しいことのようだ。「かわいい魚屋さん」という愛らしい童謡があるが、落語の中では八百屋や左官屋に「さん」なんか付けない。年長の友人は、「戦後、小学校で『お友達の名前を呼び捨てにしてはいけません。○○さん、と呼びましょう』というような指導があった。その影響ではないかな」と言う。
 「歌人さん」についての私の仮説は――
@敬語に自信のない人が、ただの「歌人」じゃ失礼かもしれない、と思って使う。
 多分、企業の多くで他社に対して使われている、社名に「さん」を付けて呼ぶ慣習は、ここから来ているだろう。
 また、「小説家」とか「音楽家」だと、ある程度長いからそれだけで重々しい。短い職業名だと、何か付けたくなってしまうという心理が働くのかもしれない。
Aネット上のやりとりではニュアンスが伝わりにくいので、とりあえず丁寧に言っておこうという、ネット特有の言葉遣いの一つ。
 夏目漱石や与謝野晶子に「さん」を付ける人はいないが、現存の作家や歌人の名前については、当人やその熱烈なファンが見ることが考えられるので、「尊敬の念をこめての呼び捨て」がうまく伝わらない恐れがある。それが名前だけでなく、職業名にも応用されてしまった。
――の2つである。

 ☆『薄荷色の朝に』(短歌研究社・1998年12月)



posted by まつむらゆりこ at 09:59| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は、「先生」と呼ばれると当惑します。
職場ではたしかに先生だからしょうがないけど。

それでも、みんなは気軽に「先生!」って言ってくるけど、こちらは先生でない人にそう呼び返すわけにもいかず、不公平だ!と思っています(笑)。

ましてや、学校と関係ないところで呼ばれる「センセイ!」には、まったくもって、ムッとします!


それにしても、この写真、ウケる!
Posted by もなママ at 2008年05月09日 13:18
もなママさん、
学校で教えていたら、立派な先生ですよ!
よくないのは、特に尊敬の念も抱いていないのに、政治家や作家と見ると自動的に「〜〜先生」と呼ぶこと。

この写真は那須高原のニキ美術館で撮りました。商業目的でなければ許可してもらえるのです。お金を払って「ブログに利用」と書いて撮ってきました。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年05月09日 14:48
こんにちは、松村さん、

「やだー松村さん!私の写真を無断で載せて!」と一瞬思ってしまいましたが、ニキ・ド・サンファルの作品だったのですね(笑)。
ところで、私は母親同士で「○○ちゃんのママ」と呼びあうのには違和感を感じます。父親同士ではめったに「○○ちゃんのパパ」などとお互いを呼び合ったりしませんもの。
隣組などでは「奥さん」と呼び合うのも異なものです。これも男同士だと「旦那さんとか、ご主人」などと呼び合いませんものね。

歌人さんという呼び名も変ですが、ではそれにならって俳句を詠む人は?「俳人さん?」でしょうか?やっぱり変ですよね。

掲載歌は記者時代の松村さんの勇姿(?)を彷彿できてにっこり。
Posted by ろこ at 2008年05月09日 18:27
ろこさん、
まあ、そんなご冗談を!
あれは私です! なぁんて。

「○○ちゃんのパパ」は、どうなんでしょう。さるお方が「愛ちゃんパパ」と言われているとか、ご自分でそうおっしゃるとか、伝え聞いたことがあります。
「俳人さん」「詩人さん」……やっぱり、あり得ない!!
Posted by まつむらゆりこ at 2008年05月09日 18:55
自分の日常生活を振り返ってみても、
とても反省させられるお話です。
「〜〜さん」の使い方について、
私も良く考えてみたいと思います。

今回のお話を伺い、松村さんの著書
「物語のはじまり」の3章「恋する」で
松村さんが名前をとても大切にされる
お話しを書かれていることを
思い出しました。
基本的に、人と会話をする時は、
相手の名前をしっかりと覚え、
会話の中にも相手の名前を正しく入れるということが
大切なのかもしれませんね。
とても勉強になりました。

「会社員さん」のKobaChanでした^^;
Posted by KobaChan at 2008年05月09日 23:09
KobaChanさん、
いやー、「さん」は難しいです。
一昨日、国道を走っていて「○カイラークさん横」と書かれた案内板を見つけました。う〜む。
職業名については、私も皆さんのコメントを読みつつ、「看護婦さん」や「おまわりさん」というのは、親しみの気持ちと尊敬の念が、うまくミックスされたケースだなあ、タクシーに乗ったときは「運転手さん」と呼ぶしなあ、などとあれこれ思い巡らしております。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年05月10日 16:19
こんばんは「官姓名」という言い方もありますが、肩書きだけでなく、その人の固有名詞も、きちんと言ったり、表記すべきでしょう。

日本は「個」というものをあまり表に出さない文化なのでしょうか。
でも、個人の名でも、シップネーム(艦船や航空機などが個体別にもつ呼称)でも、それがあるととてもよく雰囲気が伝わったり、表現として効果を表したりします。

5月4日の毎日歌壇、河野裕子選の第一席の歌に

名取家に二十三年飼われきて「猫直次郎天寿全う」

というのがありましたが、やはり「直次郎」という固有名詞がきいています。

それにしても「歌人さん」という言い方はなにか可笑しいですね。
Posted by SEMIMARU at 2008年05月10日 20:18
SEMIMARUさん、
会社の名前でなく個人の名前で仕事先と付き合えるようになれ、と言ってくれた先輩がいましたっけ。

ところで、教えてくださった毎日歌壇の面白い歌、最近とても似た歌をどこかで読んだ覚えが……私の勘違いかしら。
Posted by まつむらゆりこ at 2008年05月10日 21:45
こんにちは。
松村由利子さんによる石井桃子さん追悼文、
毎日新聞5月4日「悼む」を掲示板に載せましたので当日、ご覧なれなかったかたどうぞ。
Posted by 児童文学好き at 2008年05月15日 01:32
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