
日の当る机上を歩む蟻がゐてしばらくわれと蟻との時間
尾崎左永子
私の目下の悩みは……と書き始めると、「また!?」と思われそうなのだが、次から次に新たな問題が生じるのだから仕方がない。現在、わが家で非常に活発な活動を展開しているのはアリである。
アリという生物には、非常に勤勉なイメージがある。システマティックに巣をつくる知能に感心こそすれ、悪感情を抱くなんてことはなかった。
ところが、最近の活動はあまりにも広範囲にわたっており、浴室や洗面所はもちろん、仕事部屋や畳の部屋にまで進出してくるのだから憎らしい。畳の部屋のチャタテムシは、先月ついに市販の燻蒸剤を買ってきて撲滅したのだが、代わってアリが登場したというわけだ。この部屋には、これまで一度だって食べ物を持ち込んだことはないので、私はかなり動揺した。
相棒に報告すると「何かないか偵察に来たんじゃないのぉ〜」とのんびりした口調で言う。そうかもしれない。この島の自然は厳しい。ふつうに地面を歩きまわっていたのでは、とても食糧が足りないから、獲物の多そうな人間の家に侵入するのは理にかなっている。
アリに関しては、かなり用心してきた。引っ越し前に読んだ本の中には、電話機にアリがたかった事例も報告されていたので、「これは気をつけねば!」と固く決意したのである。台所では生ごみを数分たりとも放置せずビニール袋に密封し、お菓子や乾物のたぐいも冷蔵庫に入れることにしている。仕事部屋や畳の部屋でものを食べるなどという危険行為は、決してしたことがなかったのに!
集中して原稿を書いているときに、はっと気づくと腕をアリが這っている――という状況はあまり嬉しくない。この歌でも「机上」をアリが這っているようだが、作者は私と違って、とても穏やかな気持ちで見守っている。「しばらく」にそれが感じられるし、「われと蟻との時間」というように、一体感さえ抱いているのだ。
まあ、大群ではないことがせめてもの慰めである。大群が押し寄せるような目的物はないはずなので、当然といえば当然で、一度に見かけるのはせいぜい4、5匹なのだ。しばらくは、この歌の作者に倣って、「蟻との時間」を楽しんでみようか。
☆尾崎左永子歌集『青孔雀』(砂子屋書房・2006年11月刊)