
ゆるやかな好きに支配された部屋で夜が明けるまでジェンガをしよう
田中ましろ
ジェンガとは、同じ大きさの直方体をタワー状に積み上げ、一つずつ抜いてゆくゲームである。全体のバランスを見ながら代わりばんこに抜くのは、なかなかにスリリングで、わが家に遊びに来る子どもたちにも人気がある。
この歌では、何といっても「ジェンガ」が効いている。恋の危うさと、刻々とバランスを崩してゆくジェンガのタワーの危うさが絡み合い、胸がきゅんとなる。「ゆるやかな好き」というのは、読む人によって解釈が分かれると思うが、私はまだ「好きだ」と伝え合っていない状態の二人だと思う。伝えてはいないけれども、好意以上の感情を抱いていることを互いに何となく意識しており、だからこそ「夜が明けるまで」なんていうアブナい時間帯を作者は期待するのだ。
この作者は、恋の歌の名手で、昨秋刊行された歌集には心をふるわせる作品がたくさん収められている。
ひとすじの雨になりたいまっすぐにあなたに落ちていくためだけの
せかいって言えばなんだか広すぎてあなたと言えば輝きすぎる
君のこともう考えちゃいけないと一日ずっと考えていた
どの歌も素敵だ。こんな歌を贈られたら、世界の果てまでついていってしまうだろう。けっこう恋の感情としては熱いのだが、その熱を感じさせない表現が巧い。目立つ言葉や強い言葉は一つもなく、並々ならぬセンスと計算に基づく文体だと思う。なんと瑞々しい情感があふれていることだろう。
いや、もう最近、やさしい恋の歌にやられっ放しなのである。なぜだろう。もう恋はできないというステージに来てしまったからなのか、エネルギーレベルが落ちてきているからか……ともあれ、わが家のジェンガを見るたびに、どきどきしてしまうのであった。
☆田中ましろ『かたすみさがし』(書肆侃侃房・2013年9月刊)