2010年10月22日

台風

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  台風が近づく夜更けペンをとる 僕は闇でも光でもない
                   千葉 聡


 台風13号が日本から逸れてくれて、本当によかった。一時は中心気圧が900hPa(ヘクトパスカル)を下回ったのだから恐ろしい。21日16:30発表のデータで945hPaだが、まだまだ油断できない。
 今回の13号の名前、メーギー(Megi)は韓国語で「鯰」という意味だそうだが、本当に時代は変わったものだ。「キャサリン台風」「ジェーン台風」なんて、英語の女性名は昭和のノスタルジーを感じさせる。女性の名ばかりなのは不公平だということで、男性名と交互に命名されるようになったのは1979年だが、もうこの時点で無理に命名することをやめてもよかったのではないか。2000年からは、北西太平洋または南シナ海で発生するものについては、日本など15か国が加盟している世界気象機関(WMO)台風委員会がアジア名を付けることになっている。人の名だけではないので、「たんぽぽ」「虹」「スズメバチ」など、何だかよく分からない状況になっている。
 島に移り住んでから、まだ大きな台風を経験していない。9月の11号のときは、幸か不幸か仕事のため東京にいたのである。台風シーズンなので、家の雨戸をすべて閉めて出かけていて正解だった。テレビを見てもほとんど状況が分からず、隣人に電話をかけては、「えっ、その辺一帯が停電してる?」「うわー、うちのブーゲンビリア、根こそぎ飛ばされた?」と騒いでいた。
 島の人の話だと、大きな台風が来るという情報が入ると、たちまちスーパーからパンやおにぎりがなくなり、次いで野菜や果物、そして加工食品がなくなってゆくという。会社が休みになると、なぜか盛り上がって飲みに出かける人たちもいるというから可笑しい。大きな木や電柱が倒れ、乗用車がひっくり返る様子を見れば、自然の脅威の前にひれ伏すような思いを味わうだろう。それは、経験したことのない人には分からない謙虚さではないかと思う。
 この歌では、台風という強大なエネルギーの接近をひしひしと感じつつ、自分の小ささを思う青年像が詠われている。「闇」と「光」は、人間の邪悪な面、善い面のように読んでよいかもしれない。自然は善でも悪でもない。ただ、そこにあるだけだ。卑小な人間の優れたところと欠けたところなんて、取るに足りないものである。しかし、青年は自分が「光」ではないことに対する悲しみを抱き、「いっそ闇になってしまえれば」とさえ思う悔しさに苛まれる――そんなふうに読んだ。
 ここ数日、台風接近による雨を心配する方たちからメールや電話をたくさんいただいた。思いがけないことだった。小さな「光」は、さまざまなところに点在している。

 ☆千葉聡歌集『微熱体』(2000年、短歌研究社)


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2010年10月15日

仕事は断るな

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  フリーランスの名刺を持ちて取材する他流試合のごとき興奮

 「仕事は断るな」と言われる。特にフリーランスの先輩からは、「フリーの人間にとっては鉄則」とアドバイスされる。
 実は会社員時代、特に中間管理職だったころは、部下や同僚に頼むのが苦手で、「自分でやった方が早い」とばかりに抱え込むことが多かった。そして、一人で忙しくなって一人できりきりと不機嫌になって――という具合に、全くダメな上司の典型だった。
 このときの苦い経験があるので、フリーになってからは極力マイペースを守ろうと思った。手に余る仕事は引き受けない。できないことは、できないと断る……しかし、待っていても自分のやりたい仕事は来ないし、選り好みなどできないのがフリーという身分なのであった。
 「仕事は断るな」というのは、誰か自分に仕事を依頼してきた人がいる、ということだ。一応は私を見込んでくれた、あるいは頼ってくれたという、ありがたい状況なのである。よほどの事情がなければ、受けて立たなくてはダメだ。何より、限界と思う以上の仕事をすることは、自分を大きくするチャンスである。「そういう仕事はやったことがない」「それは苦手な分野だから」など、言いわけはいくらでもできる。でも、そこを何とか乗り越えれば、新たな地平が広がる。
 私の場合、人前で話すのがとても苦手なのだが、授業や講演の仕事を引き受けているうちに少しずつ楽しくなってきた。そして、原稿を書いたり短歌をつくったりするときには気づかなかった言葉の不思議さについて考えるようにもなった。話す内容を前もって準備するのは最低限のことなのだが、用意した言葉だけでは人を引き付けることができない。話しながら教室や会場の雰囲気、自分の感情の流れを注意深くつかみ、その場で心に浮かんだことを話すと、聞いている人の気持ちがぐんと集中するということを何度か経験した。
 言葉は生きている。特に話し言葉は、語り手の生き生きとした感情や表情が大切だ。周到に作られた講義ノートだけでは人に伝わらないのだという発見は、短歌を作るうえでも大きなヒントになる。豊かな感情の発露がなければ、どんな一首も人に届かないのだと改めて思う。
 仕事というものは、対価だけで測れるものではない。自分に負荷をかけることで、対価以上のものが必ず返ってくる。組織の中にいるとき、このことを理解していたら、後輩たちにうまく仕事を配分できたかもしれないなぁ、と残念に思い返したりもするのである。

☆松村由利子歌集『大女伝説』(2010年5月、短歌研究社)
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2010年10月08日

隣人

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  蒟蒻をさげて隣人のきたる朝まだあたたかく蒟蒻はづむ
                   前 登志夫


 私が一番好きな沖縄の言葉は、「イチャリバチョーデー(会えば、きょうだい)」である。
 初めて聞いたとき、胸がじーんとした。それを聞かせてくれたのは、私が石垣島に住む前から、そして今も一番お世話になっている人である。自宅に招いてごちそうしたり、あちこち案内したり……見ず知らずの人間に、どうしてここまで親切にしてくれるのだろう、と不思議に思っていたときだったから、よけいに響くものがあった。
 「遠くの親戚より近くの隣人」というが、島の人の親切なことといったら、今まで経験したことがないほどだ。先日も、お昼ちょっと前にお隣さんが訪ねてきて、湯気の立っているご飯と炒めもの(写真)を届けてくださった。ちょうど昼食の準備を始めようかというタイミングだったので、実にありがたかった。
 別のお隣さんは数年前に移り住んだ方たちだが、こちらも朝早くに焼きたてのパンを分けてくださったり、草取りを手伝ってくださったり、と実のきょうだい以上に親切にしてもらっている。
 今週、本島に住む知人から本が送られてきた。先日、那覇で開かれた小さな読書会で会った方である。「面白い本があるから、送りましょうね〜」と言われたのをすっかり失念していた。『おきなわルーツ紀行』(球陽出版)という本なのだが、このサブタイトルが「聖書でひも解く沖縄の風習」。決してトンデモ本ではない。クリスチャンである沖縄の女性と、北海道出身のノンフィクションライターが、ごくごく真面目に沖縄の年中行事を、聖書の内容と突き合わせたものである。
 この本に、新約聖書にあるイエスの言葉、「神のみこころを行う人こそ、私の兄弟、姉妹、また母なのだ」は、「イチャリバチョーデー」そのものだと書かれた箇所があって面白かった。確かに、教会ではお互いを「兄弟姉妹」と呼びかける。筆者らは、沖縄では親戚でなくても「ニーニー(兄さん)」「ネーネー(姉さん)」と呼ぶことを思い出させると書いている。
 前登志夫の一首は、できたての蒟蒻の温かみが人情と重なり、何ともいえない味わいがある。蒟蒻という、ずっしりした重みも効いている。そして、「はづむ」のは蒟蒻だけでは勿論なく、作者自身の心がゴムまりのように弾んだに違いない。
 「イチャリバチョーデー」はどこにでもあるのに、千葉に住んでいたときの私は気づかなかっただけかもしれない。心をゆったりと開放していると、人との関係も風通しがよくなる。そして、いまツイッターが面白いと思うのは、見知らぬ人同士であっても、いろいろな情報を惜しみなくやりとりする関係が成り立っていることだ。インターネットによって出現した新しい形の「イチャリバチョーデー」が知識や情報の共有を生み、何かの力になってゆくのは、本当に豊かな進化だと思う。

☆前登志夫歌集『落人の家』(2007年、雁書館)
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2010年10月01日

葉書

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 いちまいの葉書きを君に書くための旅かもしれぬ旅をつづける
                           俵 万智


 楽しく本を読んでいるときにも誤植が気になってしまうのは、性格の悪さだろうか。はたまた前職の名残だろうか。
 たぶん性格が悪いのだ。おまけに、数十回に一回ほど、出版社宛てに「既にお気づきかもしれませんが、この本の〇ページ〇行目に、こんな誤植がありました」と葉書を出す癖がある。
 白水社のある本について誤植を指摘した際には、恐縮してしまった。非常に丁重な返信が届いたうえ、お礼(?)に隔月刊の「出版ダイジェスト・白水社の本棚」が毎号送られるようになったのである。数年間ありがたく読んできたが、あまりにも申しわけないと思い、今春引っ越したのを機に他社の情報も含めた「出版ダイジェスト」の定期購読を申し込んだ。
 そして、今年7月。買ったばかりの岩波現代文庫『オノマトピア 擬音語大国にっぽん考』を読んでいた私は、「いかん、いかーん!」とペンに手を伸ばした。岡本かの子の「句集『欲身』」という箇所が許せなかったのである。
 「歌集『浴身』」ではないでしょうか」という葉書を出してひと月ほど経ったころだろうか。一通の封書を受け取った。知らない人からである。「先日は誤植のご指摘ありがとうございました」……。なんと『オノマトピア』の著者、桜井順さんからの手紙だった。
 ワープロの変換ミスだったことなどを詫びる文章の最後に、「拙著をご購入いただいたキッカケは何でしょうか?教えていただければ幸いです」とあったので、慌てて返信をしたためた。
 調べてみると、桜井さんは有名なCM作曲家(「富士フイルム・お正月を写そう」「石丸電気の歌」など多数!)で、歌謡曲や子どものための歌も作曲していられる。返信の返信として送られてきた私家版CDは、俵万智歌集『チョコレート革命』の43首に曲をつけたもので、ピアノと女性ボーカルによる素晴らしい作品である。私はすっかり感激してしまった。
 そして、再び桜井さんのことを調べてみると、「とんでったバナナ」「ツッピンとびうお」の作曲者であることが分かり、大きな衝撃を受けた。というのも、この2曲は幼稚園児だった私が、当時最も愛する歌だったのだ。今も歌えるし、名曲だと思う。
 わが悪癖も時に思いもよらぬ出会いをもたらす。一枚の葉書から世界がこんなに広がり、幼年時代と現在が円環のようにつながるとは。
 ひとつだけ言いわけしておくと、私が誤植を指摘するのは、その本がものすごくいいものであるとき、その出版社をとても信頼している場合に限られる。『オノマトピア』は、古事記の「コヲロコヲロ」から石川啄木の「たんたらたら」、三橋鷹女の「きしきし」まで、実に幅広く取り上げた楽しい一冊である。

 ☆俵万智『もうひとつの恋』(1989年5月、角川書店)
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2010年09月24日

光森裕樹さんの歌集

『鈴を産むひばり』

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 秋の澄んだ大気を思わせる歌集である。抒情はあくまでも透明であり、全体にヨーロッパ的な雰囲気と昭和のノスタルジーが混ざったような不思議なテイストが漂う。

  ポケットに銀貨があれば海を買ふつもりで歩く祭りのゆふべ
  嗚呼秋はひつつきむしの形して取つてあげるよセーターの秋


 繊細でありながら、伸びやかな詠いぶりが実に魅力的だ。1首目は「銀貨」が効いている。「祭り」は日本のどこでも見られる夜店の並んでいる風景のようだが、「銀貨」があるために別の時空とつながった感じを受ける。2首目は季節感たっぷりに、近しい間柄の2人の姿が描かれ、じんわりとした味わいがある。
 はっとさせられる発見というか作者ならではの見立てが多いことも、この歌集の魅力である。

  ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス
  てのひらに受けとめるたび此の星と密度等しき林檎とおもふ
  野におけば掛かる兎もあるだらう手帳のリングを開いては閉づ
  泳ぐとき影と離れるからだかなバサロキックでめざす大空


 横断歩道を挟んで人々が赤信号で向かい合う風景が、こんなにも鮮やかに捉えられているとは! 小さく見える人々は、映画「第三の男」の観覧車のシーンを思わせたりもするのだが、この作者のまなざしはもっとあたたかい。2首目の見立ては、小さなものから大きなものへと移る視点のダイナミズムが見事だ。かと思えば、3首目の何と愛らしい残酷さだろう。思わず、長年使っているシステム手帳を開いてしまった。4首目は、常に自分の影と離れることのできない人間も、泳ぐときに影から離れ、あたかも空を飛んでいるようだ、という楽しい歌。
 この作者はものごとを静かに見つめる。決して、さまざまな世の出来事に動かされない。そういう視線でなければ発見できない事柄が、世界にはたくさんあるのではないかと思う。

  乾びたるベンチに思ふものごころつくまで誰が吾なりしかと
  ものごころ躰に注がれゆく音を土鳩のこゑとして聞いてゐた


 幼年期というものの不思議、自我の芽生える以前の時間を見つめた佳品である。また、この作者の最も本質的な抒情が表現されている歌ではないかと感じる。
 少しばかり怖い歌も並ぶ。

  ドアに鍵強くさしこむこの深さ人ならば死に至るふかさか
  内側よりとびらをたたく音のして百葉箱をながく怖れき
  静電気おそれてわれが開かざる万の扉のノブのぎんいろ


読者を楽しませる術をよく知っている人でもあるのだな、と感心する。思いがけない表現でびっくりさせるけれども、あざとさがない。
 
 −−これはなに
 此れは貝殻
 −−それはなに
 其れも貝殻、みんなかひがら


 貝殻は美しくもあるけれど、壊れやすくて儚いものだ。過ぎてしまった歳月や失った夢や恋人、そんなものすべてが「其れも貝殻、みんなかひがら」なのではないか。心地よいリズムに身をまかせながら、甘い痛みを覚える。
 リフレインが多いのは、言葉の響きをこよなく愛する作者だからだろう。三十一文字に意味を詰め込み過ぎることは決してしない。また、過度の感情も盛り込まれることがない。「ヨーロッパ的な雰囲気」という印象は、抒情が湿っぽくなく、抑制が利いているからかもしれない。何というか、crisp と表現したいような空気を感じさせるのだ。
 秋の夜長にじっくりと時間をかけて楽しみたい歌集である。

☆光森裕樹歌集『鈴を産むひばり』(2010年8月、港の人・発行)
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2010年09月17日

つぶやき

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 われよりも背のたかき生徒にぶつかればむにゅとつぶやき顔あげず    ゆく                  玉井 清弘 

 ツイッター(twitter)は「つぶやき」と訳されているけれど、小鳥のさえずり、くすくす笑いなどの意味もある。私は、tweetと聞くとどうしても、ワーナー漫画の可愛いキャラクター、トウィーティー(Tweety)を思い出してしまう。
 それはともかく、先週からツイッターを始めた。きっかけは仕事である。縁あって今月、早稲田大学のワークショップで科学ジャーナリズム概論の授業をすることになったのだが、30代の女性研究者と打ち合わせをしていて、彼女が「いやぁ、最近は私、ツイッターでしか情報を取ってないですね」と言うので驚いた。「そ、それはどういうこと???…」
 講義の準備をしながらも、その言葉がずっと気になっていた。そして既成ジャーナリズムの弱点、ソーシャルメディアなど新しいメディアの可能性についてあれこれ考えているうちに、「やっぱりツイッターも知らないで、こういうことは話せないだろう!」と登録するに至ったのである。
 初めは勝手がわからず戸惑ったが、だんだん面白くなった。英語の140文字よりも、日本語の140文字は圧倒的に情報量が多い!(表意文字の勝利だな) そして、日本のブログは匿名のものが多いのだが、ツイッターはほとんど相手の名前が分かるのがいい。内容はもちろん大事だが、誰の発言かということが大きな意味を持つ。
 顔の見える関係だということはかなり重要で、eHow.com で見てみると、初心者向けに「プロフィールには、あなたが真面目なユーザーだとわかるように書くこと」「プロフィール欄にはあなた自身の写真を付けること。でなければ、少なくともあなたの好きなものの写真を」などとアドバイスしてある。
 自分の興味のある人を検索して探すのもいいし、知人のフォローしているリストを見て、「おおっ、こんな人もツイッターをしているとは」と発見するのも楽しい。全く知らない人のプロフィールや発言を見て、その人をフォローすることも多い。
 脳科学者の茂木健一郎さんのツイートは、本当に愉快だ。140字の制限を発展させた形の「連続ツイート」は、茂木さんの発案したものである。彼に倣って1つのテーマに関する「連ツイ」を利用する人も現れた。「判断」や「プラグマティズム」などに関する連続ツイートは、茂木さんのブログ「クオリア日記」(http://www.kenmogi.cocolog-nifty.com/)でも読めるので、ぜひどうぞ。社会を変えようとする熱意と好奇心にあふれた言葉は、人を動かすと思う。
 それにしてもつくづく思うのは、「ああ、新聞はもう終わりかも……」ということだ。ブログもツイッターも、個人の責任で発言するものだ。新聞はどうしたって、安全なところに身を置いた発言にならざるを得ず、そらぞらしさが漂ってしまう。私もさんざん誰に向けて書いているのか分からない記事を書いてきたから恥ずかしいのだが、不特定多数に受け入れられるような主張というのはあり得ない。「客観報道」という名の下で、当たり障りのない両論併記ばかり書いても、誰も見向きもしないと思う。ツイッターのタイムラインを眺めていると、新しい情報発信、そして、情報の共有による連帯がすでに始まっていると感じる。

 ☆玉井清弘歌集『清漣』(1998年9月、砂子屋書房)
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2010年09月10日

参政権

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 歯を見せて笑ふ政治家のポスターを吾は好まずその政治家も
                       清水房雄


 島は選挙の季節である。石垣市議選は今月5日告示され、12日に投開票が行われる。転居して4か月余り、私にとって初めての選挙なので、街に貼り出された候補者のポスターを眺め、わくわくしている。
 ところで、今週、調べものをしていて、面白い発見があった。与謝野晶子の評論に出てくる「バンカアスト夫人」というのが、イギリスの婦人参政権運動家、エメリン・パンクハースト(Emmeline Pankhurst、1858〜1928年)らしいことが分かったのである。
 彼女は少女時代にパリで学んだ急進的な人で、ハンガーストライキをするわ国会突入を試みるわ、何度も逮捕されている。婦人参政権のシンボルのような存在らしい。これだけなら、志のある偉い人だったんだなあ、ということで終わるのだが、私が英語版のウィキペディアを見ていて、目を丸くしてしまったのは、そこに「メアリー・ポピンズ」という文字があったからだ。
 自分の好きな本が映画になるのは、大抵の場合、複雑な思いを味わうものだが、P.L.トラヴァースの『メアリー・ポピンズ』シリーズと、ディズニー映画の場合、なぜか全く別々の作品として自分の中にインプットされており、あまり痛みを感じず両方を楽しんできた。1つには、この映画がよく出来ていることが大きい。どの歌も完成度が高く、主演のジュリー・アンドリュースの歌声は実に素晴らしい。また、もう1つの理由は、映画を観たのが本を読むより先だったこともあると思う。
 しかし、名曲揃いの映画の中で、唯一あまり好きでなくて、「は?」という感じが否めなかったのが、「Sister Suffragette(婦人参政権論者の同志よ)」という歌である。本の中のバンクス夫人(ジェインとマイケルのお母さんですね)は、こんな参政権運動には関わっていなかったし、イメージ全然違うよぉ、と内心憤慨していた。
 ところが! この歌になんとパンクハースト夫人が登場しているのであった。

 Political equality
 And equal right with men
 Take heart for Mrs.Pankhurst
 Has been clapped on iron again

 映画の中でバンクス夫人は、参政権運動に熱心になるあまり子どもたちをナニーにまかせっ放し、という設定だったから、この歌詞にも揶揄が含まれているのだろう。しかし、それにしても十代のころサントラ盤のレコードを繰り返し聴き、今はCDを持っているという私が、パンクハースト夫人についてなぁんにも知らず、与謝野晶子全集を読んだことがきっかけで、ここに至るとは……。他の歌は、だいたい歌詞を覚えているのだが、この歌だけは飛ばして聴いていたので、こんな固有名詞が挿入されていたとは知らなかった。人生、いくつになっても驚くことが多い。
 日本の女性が参政権を得たのは、第二次世界大戦後のことだから、まだ百年とたっていない。今度の日曜日には、パンクハースト夫人のことを思いつつ投票所へ赴くことにしよう。

☆清水房雄歌集『老耄章句』(1999年9月、不識書院)
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2010年09月03日

三ヶ島葭子

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  鈴の音も子どもも子どもを産むことも透きとほりゆく三ヶ島葭子
  のうた              米川千嘉子


 三ヶ島葭子は、埼玉県入間郡三ヶ島村(現所沢市)に生まれた近代歌人である。同時代の原阿佐緒や原田琴子などと比べると、やや詠風が地味だが、しっかりと暮らしをとらえた視点に魅力がある。
 この歌には、詞書として葭子の「鈴ふればその鈴の音を食はむとするにやあはれわが子口あく」が添えられている。離乳期の子どもだろうか、親に食べさせてもらっているくらいの幼い子の愛らしい姿が浮かぶ。
 葭子は病弱だったため、一人娘を夫の両親に預けなければならなかった。「一日にて別るる吾子のほころびを着たるままにてつくろひやれり」など、淡々と詠まれている中に哀切な思いがあふれている。
 意志の強い人で文学的な野心もあったから、最初この歌を読んだときは、「透きとほりゆく」がぴんと来なかった。しかし、葭子の歌を繰り返し読むうちに、心ならずも子どもを手放し、この世を去った薄幸の歌人が、少しずついろいろなものをあきらめた過程は「透きとほりゆく」という境地ではなかっただろうか、と思うようになった。
 今月26日(日)午後1時半から、葭子の出身地、所沢市の三ヶ島公民館ホールで「晶子と葭子――その思想と暮らし」と題して講演する。与謝野晶子に憧れた葭子の歌歴や、実際の晶子との接点、二人の歌の共通点などについて紹介したいと思っている。
 講演はいまだに苦手で、9月はこのほかにも人前で話す仕事がいくつかあるのが憂鬱だ。原稿の締め切りも山のようにあり、ヤモリやアリの動静を探る余裕もなくなってきた。さあ、仕事、仕事!

 ☆米川千嘉子歌集『衝立の絵の乙女』(2007年9月、角川書店)

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2010年08月27日

猛暑

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拭へどもしたたる汗に悩みつつ猛暑まだまだいつまで続く
         小澤知江子


 石垣島に住むようになり、自分が誤解されているらしいことに気づいた。
 1つは、「働いていない」という誤解だ。4年前に会社は辞めたが、フリーランスのライターとして働き続けている。百万長者で変わり者の大伯母が、唯一かわいがっていた私に莫大な財産を遺した……なんてことは全くなく、食べるためにせっせと原稿を書く毎日である。
 「島でのんびりなさっていることでしょう」などというお手紙をいただく度に、「いえいえ、会社は辞めましたが、仕事は辞めておりません」と訂正したくなってしまう。
 2つめの誤解は、「南の島は耐えがたいほど暑い」というものである。
 これまた残念ながらハズレなのだ。「猛暑日」というのは、一日の最高気温が35℃以上の日を指すが、石垣島の場合、33℃を超えることはめったにない。海に囲まれているので、いつも心地よい風が吹くし、緑も多い。地元の人に聞くと、「昔はだいたい最高でも32℃くらいだったさー」ということだ。
 とはいえ、実は7月初旬、ちょうど私が島にいなかった時期に、島内で3日間連続して猛暑日を記録した観測地点があった。しかし、石垣島で猛暑日がそんなに続いたのは、1956年7月の「4日連続猛暑日」以来というから、逆に驚く。実に半世紀ぶりということなのだ。島の人たちが「今年は暑い!」とぼやくのも無理はない。
 アスファルトからの照り返し、室外機からの熱風などが合わさった都心のいやな暑さを思えば、島の夏は本当に過ごしやすい。各地の猛暑を伝えるニュースを見ていると、何だか申しわけないような気がするほどだ。

 ☆歌誌「松乃華」(2008年)
 
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2010年08月20日

河野裕子さん

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 河野裕子さんが亡くなった。
 胸のどこかにぽっかりと大きな穴が開いたような気持ちだ。いつかこういう日が来るとは覚悟していたが、信じたくなかった。

 身をかがめもの言ふことももはや無し子はすんすんと水辺の真菰

 私が歌を始めるきっかけとなったのは、河野さんのこの一首だった。子どもを産んで間もないころ、初めて買った短歌総合誌に載っていた。当時の私は、小さな赤ん坊を育てながら、なぜかその子が大きくなって離れてゆくことばかり思っていたから、自分の心情にぴったりだった。
 この人の作品をもっと読みたい、と切望し、やっと手に入れたのは砂子屋書房の「現代短歌文庫」である。付箋だらけの色褪せた本を、何度読み返したことだろう。後ろの方のページに子どもの落書きが残っているから、いつもいつも手元に置いていたのだと思う。

 たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
 君は今小さき水たまりをまたぎしかわが磨く匙のふと暗みたり
 ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり


 出産や育児の歌にも惹かれたが、そこにとどまらない豊かな世界に魅了された。何というイメージの大きさ、妖しさ、美しさであろう。

 しつかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ
 良妻であること何で悪かろか日向の赤まま扱(しご)きて歩む


 言葉のすみずみまで張りつめたような名歌の数々を生み出した河野さんの歌が、ある時からゆったりとした緩みを呈するようになった。第五歌集『紅』に収められた上の二首が、批判されたことも覚えている。
 けれども、ほわりとした温かみや太々とした身体感覚を帯びた河野さんの歌は、初期の抒情を湛えつつ、より深く生命や人生を表現するものになっていったのだと思う。

 夜はわたし鯉のやうだよ胴がぬーと温(ぬく)いよぬーと沼のやうだよ 
 病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ   
 さやうなら きれいな言葉だ雨の間のメヒシバの茎を風が梳きゆく


 これからも私は繰り返し、河野さんの歌を読み続けることだろう。読むたびにほっとしたり、胸が締めつけられるような思いを味わったりしながら。

☆現代短歌文庫『河野裕子歌集』(1991年2月・砂子屋書房)
『紅』(1991年12月、ながらみ書房)
『体力』(1997年・本阿弥書店)
『母系』(2008年・青磁社)
『葦舟』(2009年・角川書店)
posted by まつむらゆりこ at 00:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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