
台風が近づく夜更けペンをとる 僕は闇でも光でもない
千葉 聡
台風13号が日本から逸れてくれて、本当によかった。一時は中心気圧が900hPa(ヘクトパスカル)を下回ったのだから恐ろしい。21日16:30発表のデータで945hPaだが、まだまだ油断できない。
今回の13号の名前、メーギー(Megi)は韓国語で「鯰」という意味だそうだが、本当に時代は変わったものだ。「キャサリン台風」「ジェーン台風」なんて、英語の女性名は昭和のノスタルジーを感じさせる。女性の名ばかりなのは不公平だということで、男性名と交互に命名されるようになったのは1979年だが、もうこの時点で無理に命名することをやめてもよかったのではないか。2000年からは、北西太平洋または南シナ海で発生するものについては、日本など15か国が加盟している世界気象機関(WMO)台風委員会がアジア名を付けることになっている。人の名だけではないので、「たんぽぽ」「虹」「スズメバチ」など、何だかよく分からない状況になっている。
島に移り住んでから、まだ大きな台風を経験していない。9月の11号のときは、幸か不幸か仕事のため東京にいたのである。台風シーズンなので、家の雨戸をすべて閉めて出かけていて正解だった。テレビを見てもほとんど状況が分からず、隣人に電話をかけては、「えっ、その辺一帯が停電してる?」「うわー、うちのブーゲンビリア、根こそぎ飛ばされた?」と騒いでいた。
島の人の話だと、大きな台風が来るという情報が入ると、たちまちスーパーからパンやおにぎりがなくなり、次いで野菜や果物、そして加工食品がなくなってゆくという。会社が休みになると、なぜか盛り上がって飲みに出かける人たちもいるというから可笑しい。大きな木や電柱が倒れ、乗用車がひっくり返る様子を見れば、自然の脅威の前にひれ伏すような思いを味わうだろう。それは、経験したことのない人には分からない謙虚さではないかと思う。
この歌では、台風という強大なエネルギーの接近をひしひしと感じつつ、自分の小ささを思う青年像が詠われている。「闇」と「光」は、人間の邪悪な面、善い面のように読んでよいかもしれない。自然は善でも悪でもない。ただ、そこにあるだけだ。卑小な人間の優れたところと欠けたところなんて、取るに足りないものである。しかし、青年は自分が「光」ではないことに対する悲しみを抱き、「いっそ闇になってしまえれば」とさえ思う悔しさに苛まれる――そんなふうに読んだ。
ここ数日、台風接近による雨を心配する方たちからメールや電話をたくさんいただいた。思いがけないことだった。小さな「光」は、さまざまなところに点在している。
☆千葉聡歌集『微熱体』(2000年、短歌研究社)