ふんわりとした上質のカステラのような歌集だと思う。混ぜものがなく、控えめな甘みがやさしくて、読むほどに心が慰められる。
ローソンへ夜食を買いに 図書館へ本を返しに ついてゆきけり
一瞬のああそのような印象を大切として人を記憶す
忙しきほうが時間のあるほうをさびしくさせて葉を毟らしむ
この作者の恋の歌には、「言ってしまわない巧さ」のようなものがある。
「ローソンへ」の歌では、夜食を買ったり図書館へ行ったりするのが作者自身なのかな、と思っていると、最後で、そういう誰かに作者が嬉々としてついて行っていたことが分かる。
「一瞬の」の歌は、どんな場面の「印象」か言わないところに、読む人がさまざまに自分の思いを重ねられるよさがある。ちょっと照れたように笑う、とか、ふとした瞬間の孤独な面持ちだとか、いろいろあるだろうが、それを「大切として人を記憶す」と穏やかに収めた表現に余韻を感じる。
三首目の「忙しきほう」は、恐らく恋人、ないしは憎からず思う人である。歌集の前後の歌を読むと、大学院生の作者と就職を果たした彼が再会する、という場面であり、学生時代と少し変化した彼を寂しむ思いが滲んでいるからだ。「私はさびしくて葉をむしる」と言ってしまわず、双方を公平に見つめているのが、この人らしい。
夕闇の培養室に居てわれはセレンディピティを夢見ていたり
誰に見せる顔でもなくて自らの作業へ向けたる集中ぞよき
精神は物質なれば苛立ちもそんなものかとやり過ごすべし
ライフサイエンスの分野で研究する作者である。大きな新発見を夢見る気持ちや、実験などの作業への集中は、門外漢にもすがすがしい印象を抱かせる。三首目は、シュレディンガーの名著『精神と物質』を思い出したりもするが、心の動きも物質の働きによるものだという認識と、そうは言っても割り切れない思いがない交ぜになっていて面白い。
この歌集の大きな魅力は、研究生活と個人の日常がごく自然に描かれていることだろう。世界中の研究者たちが実験に用いる細胞株「HeLa細胞」を素材にした一連や、実験動物や酵素を詠った作品には、作者独自の世界の把握、深い考察がよく表われており、惹きつけられる。
試験管のアルミの蓋をぶちまけて じゃん・ばるじゃんと洗う週末
岡村孝子に似たると言われ菱沼聖子のような生活をながく続ける
おっとりしたユーモアと明るさは、この作者の魅力の一つである。「じゃん・ばるじゃん」の音の楽しさ、人気コミック『動物のお医者さん』の登場人物、菱沼さんをもってきてしまうところ(性格は違うが、本当に似ていると思う!)など、思わずにこにこしてしまう。
何度も繰り返し読みたくなる、大らかで温かな一冊である。
☆永田紅歌集『ぼんやりしているうちに』(角川書店・2007年12月出版・税別2571円)


